« 日本シリーズ、工藤好投 | メイン | 「街のデザイン」/日本シリーズ、ダイエーが王手 »

父母会に対する徒労感/「幼児虐待当事者」のホームページと、虐待する親の孤独

 朝、子供たちを保育園に連れていった際に、園長先生としばらく話しこむ。例の、保育園が抱えているトラブルに関する件だ。
 事件が起こってから約3ヶ月、父母がそのことを知ってから1ヶ月半が経過。状況は、あまり芳しくない。
このところ痛感しているのが、この事件に関するいろいろな人々の体温の差だ。一番体温が高い(つまり、当事者意識が強い)のは、保育園の園長先生と、直接トラブルに巻き込まれた保育士さん、そして一部の父母。それに対し、大部分の父母や、トラブルを直接体験していない保育士さん、市役所の保育課の職員、それぞれの体温は微妙に違っているのだ。
 僕としては、自分の子供の安全は自分で守らなきゃ仕方がないと思っている。で、保育課の職員や警察の人々が、こうした問題に対して体温が低いのは、ある程度仕方がないかなとも思う(だって、安全を脅かされているのは自分の子供じゃないもん)。でも、父母の大部分が、こんな反応しかしないとは思ってなかった……。
 ここ数週間、僕としてはいろいろとやったつもり。ウェブサイトを立ち上げたり、1週間に3度は園長先生と会って情報を交換したり、緊急の父母会を開いたり。でも、熱意を持って動いている父母はホントに一部だけで、あとの人たちは傍観しているだけ。また、熱心な人にしても、自分が中心になって行動を起こすことには尻込みしている現実。
 結局、いろいろと骨を折っているのは、いつものメンバー。全員の利益のために、一部の人間が負担を背負い込むという構図は相変わらずだ。おっかしいよなあ。
 みんなの利益を守るためなの行動なのに、協力しようと腰をあげるのはごく一部。協力しようと言ってくれる人数が少ないから、その人にかかる負担は大きくなる。負担が大きいから、誰もが協力したくなくなる。そして、協力する人はさらに減る。
 悪循環は止まらない。
 なんだか、今、少し徒労感を覚えているのだ。


 「幼児虐待当事者による幼児虐待の記録」というホームページのニュースが、朝日新聞の朝刊に載っていた。朝10時の時点でアクセスしてみたら、Forbidden状態。既にジオシティーズのサーパーから削除されてしまったようだ。

 夜になって、件のホームページが海外のサーバーで公開されているという話を聞く。早速、掲示板などの情報を頼りに、そのページを閲覧してみた。
 そうまでしてこのページを見たいと思った理由は、1つは、単純に興味があったから(ほとんど「のぞき趣味」に近い。お恥ずかしい)。
 もう1つは、幼児虐待をする人間の環境と心理っていうものは、果たしてどんなものなのか知りたかったからだ。

 僕は、子供を虐待する親の気持ちは、少しはわかるような気がしている。僕も子供と一緒にいて、「しんどい」と思うことがたくさんあるからだ。こちらは大人、子供が楽しいと思う遊びは、僕にとってはちっとも楽しくない。特に、仕事をたくさん抱えて心が重~くなってるときや、体調が悪いときなど、子供と長時間付き合うのは、正直苦役に近かったりもする。
 特に、長女が1歳になり、彼女の育児休暇が終わって職場復帰してから、長女との間に言葉によるコミュニケーションが成り立つようになった1歳10ヶ月目くらいまでは辛かったな。長女が泣いて、オムツを替えても、ミルクや食事をやっても泣きやまなくって、眠いのかと思い、抱っこして歌を唄いながらゆすってやったらバタバタと暴れてさらに泣いて、イライラしながらも優しく言い聞かせたらさらに泣いて、カチンと来て大きな声で「泣くな!」と言ったらさらに大泣きになって……、なんて時は、ホントに途方に暮れちゃうもんなあ。機嫌の悪いときは、そのまま部屋に閉じ込めてしまおうかと思ったりするもん。ま、しないんだけどさ。でも、ネグレクトしちゃおうって気持ちは良くわかる。

 長女が1歳過ぎだったころに比べれば、現在1歳6ヶ月の次女の面倒を見る方が全然楽だ。というのも、今は長女がいるから。子供と1対1で向き合わなきゃ行けないという状況ではないから。次女が言うことを聞かずに泣きとおしていても、長女と「はるかちゃん(次女)、なかなか泣き止まないねえ」「どうして泣いてるんだろうねえ」などと話すことで、ずいぶん楽になる。ストレスの逃げ場があるのだ。
 長女と2人だけのときは、そうではなかった。お互いにまっすぐ向き合って、ストレスを逃がす場所がなかったのだ。自然イライラも昂じて、思わず手を出してしまったこともあった。

 最初のデートとかでも同じだよな。お互いにシャイな高校生とかが、いきなり面と向かって話をしようとしても気詰まりになったりするもん。まずは映画みたいに、互いの視線が平行になる場所に行くでしょ。
  男         女
  ↓         ↓
  ↓         ↓
  映画館のスクリーン

 続いて、ウインドウショッピングとかオープンエアの喫茶店とかに行って、視線を少しクロスさせる。
  男         女
   \       /
     \   /
   ショーウインドウ
もしくは喫茶店の外の景色

 で、心理的な距離が十分に縮まったら、そこで初めて向き合ってみるってな流れがいいのじゃあないか、と。

  男→→喫茶店のテーブル←←女

 子供を育てる際にも、同じようなことがあるのではないかと、僕は思ったりするのだ。子供と1対1で、真正面から向き合うだけでは、いずれしんどくなる。でも、そこに第三者が存在すれば、辛さの度合いはグッと減ると思うのだ。
つまり、
  親→→→←←←子供
という関係よりは、
  親→→→←←←子供
   \       /
     \   /
      第三者
というような関係の方が、親のストレスは(おそらく子供のストレスも)大幅に軽減されるのではないかなあ。

 なので、僕は経験的に、幼児虐待が起こる原因の一つはその親が孤立しているからではないかと思うわけだ。だから、件のホームページには興味があった。どんな環境に置かれた人間が、虐待をしているのかを見てみたいと思ったのだ。
 で、見てみました。
 ……これはひどいね。もし、ここに書かれていることが事実だとしたら、この女性(本当に女性かどうか、わかったもんじゃないけど)は刑事告訴されるべきだろう。また、こういう環境で育てられた子供が、将来どんなふうになってしまうのかを考えると、胸が詰まる思いがする。
 このホームページは、ホントなのか嘘なのかわからんけど、でもおそらく、こういう風に子供を育てている(「育てる」という言葉が、そもそも違うっつう話もあるが)親は、世の中にたくさんいるのだろう。
 何ヶ月か前のニュースで、ここ5年間で虐待によって死んだ子供は26名(日経の記事だったと思う)だと言っていた。当たり前のことだが、これは氷山の一角に過ぎない。虐待で死んだ子供はもっと多いだろうし、死なないまでも虐待された子供はもっともっと多いはずだ。

 おそらく、虐待を加えている親のかなりの部分が、社会的に孤立した形での子育てを余儀なくされているのではないかと、僕は想像している。そして、彼らの孤独をなんらかの形で解消しなければ、幼児虐待は今後増えていってしまうのではと危惧している。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.shiratani.net/mt-tb.cgi/61

コメントを投稿

About

1999年10月25日 00:00に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「日本シリーズ、工藤好投」です。

次の投稿は「「街のデザイン」/日本シリーズ、ダイエーが王手」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35