性善説も性悪説も、どちらも僕にとっては取るに足らないものだ。ごく一般の人間は、さまざまな要素が複雑に絡み合って構成されているし、しかも時間が移ろうたびに変化する。無論、人間より高等な動物や、神から見れば、ごくごく単純なものだろう。しかし、人間にとっての人間は、十分に複雑だと思う。
ところが世の中には、そうしたごく普通の人に混じって、すばらしい人格者が存在している。そして一方で、手の施しようもないほどの極悪人もいる。
人間は複雑で、人間が集まって作る社会はもっと複雑だ。とても、性善・性悪という言葉で済まされるほど単純ではない。いろんな人が、この世の中にはいる、そういうもんだ。
さて、夕方のニュース番組では、「ストーカー殺人事件」の犯人が捕まったという報道がなされていた。殺された女性と付き合っており、その後ストーカー行為をしていた男性の兄が、複数の知人に殺人を依頼したのだと言う。ホント、怖い話だ。何年か前に起こった「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の加害者たちが、そのまま大人になるとこんな犯罪に手を染めるんだろうか、そんなことを考えた。
ニュースでは、「連続幼女誘拐殺人事件」(しかし、あの事件がおきてから、もう10年以上も経つのか……。早いもんだ)の宮崎勤被告の控訴審での様子もレポートされていた。宮崎は、心ここにあらずといった風情で、裁判の途中でも落書きや居眠りをしていたそうな。で、弁護団は彼の事件当時の責任能力欠如(または減退)を証明するつもりなのだそうだ。もし、仮にそれが成功するとなると、宮崎勤は無期懲役か、ことによると無罪になる可能性もあるわけだよな。
ふ~ん。
もし、宮崎が無罪になって釈放され、自分の近所に住むとしたら、弁護士の皆さんはどうするんだろうか? いや、別に宮崎を死刑台にって言ってるわけじゃない。単に、そういう状況になったら弁護士の皆さんはどうするのか、それが知りたいだけ。
以前、僕が知人と作っている小さなメーリングリストで、死刑制度が話題に上ったことがある。きっかけは、僕のこんなメールだった。
>テレビを見てたら、永山則夫他4人の死刑囚の刑が執行された、
>というニュースをやっていた。
>それ自体は別に何も思わなかったのだが、
>それに対する、死刑に反対している団体のリーダーのコメントが面白かった。
>曰く「欧米では死刑制度は廃止に向かっているのが時代の趨勢なのに恥ずかしい」。
>続けて「人間として、こんな野蛮な制度の存続を許しておけない」。
>
>思わず、おいおいってテレビに突っ込みたくなったっす。
>
>まず、今時「欧米では~なのに日本では~で恥ずかしい」っていう感性が凄い。
>おまえは江戸時代の人か。
>ヨーロッパイズナンバーワーン、欧米で正しいことは全世界で正義だって考え方、
>そろそろやめて欲しいっす。
>
>それから。死刑が野蛮だって件。
>
>俺が思うに、こういう団体の人たちってのは
>こんな三段論法で考えてるんじゃないかな。
>「死刑制度は野蛮だ」→「野蛮なことはよくない」あるいは
>「野蛮なことは人間にふさわしくない」→「だから死刑制度はやめるべき」
>
>とりあえず、前提部分はまあいいや。
>事件において冤罪の可能性は常にゼロではないことを考えると、
>冤罪者に対して死刑を実行してしまうケースもあり得る死刑制度は、
>野蛮と言えば野蛮だろうから。
>
>問題は前提をうける部分だよな。
>
>もともと人間って野蛮な生き物なんじゃないの?
>大体が、野生の動物ってあんまり共食いってしないけど
>人間は互いに殺しあったりするからねえ。
>殺人事件や戦争や、あるいは交通事故だって薬害エイズみたいな事件でだって
>人間は人間を殺しているわけだから。
>さらに、牛や豚や、魚や鯨をさんざん殺して捕食しているわけで、
>人間っていうのは全世界で一番野蛮な生物、っつうほうが
>むしろホントなんじゃないのかなあ。
>
>いや、誤解しないで欲しいけど、野蛮が悪いって思ってるわけじゃないのよ。
>俺、肉大好きだし、鯨おいしいし。
>毎日精進料理食って暮らせ、なんて言われたら、
>人生の楽しみ半分くらいになっちゃうのでは?
>
>俺の言いたいのは、そんな野蛮な人間が、野蛮なことは良くないとか
>野蛮なことは人間には似つかわしくないなんて言ったところで
>説得力は全然ないぞ、と。
>永山死刑囚にしたって、罪のない見ず知らずの人を4人も射殺しているわけだし、
>彼の場合は冤罪の可能性もない。
>そういうヤツラを守るための論法としては、なんだかなあって感じ。
>
>いや、個人的には死刑を廃止してもいいと思ってるよ。
>でも、その場合、仇討ちの復活が条件。
>やっぱり「目には目を」って、刑罰の基本でしょう。
>例えば、彼女や子供が殺されたら、その犯人を殺してやろうって思うもん、俺。
>神戸の小学生殺人事件にしたって、自分の子供を殺した犯人が
>2、3年後に少年院を出てきて、のうのうと青春を謳歌してたりしたら、
>殺された子の親としてはやっぱり割り切れんだろう。(以下略)
そしたら、そこのメンバーの1人が、「私は死刑反対。人が人を殺すのに、犯罪も刑罰も変わりない。それが1億2千万人分の1だとしても、自分が人殺しに荷担するのはいやだ」と反論してきた。その考え方も、わからんではないよな。
でも、世の中には更正不可能な悪人がいると思うのだ。殺人を犯して服役し、出所後すぐにまた人殺しをしてしまうような。で、彼らに対して死刑を執行することに反対する理由は、僕には見当たらない。だって、そんなアブナイ奴が野放しにされて、それで自分や自分の大切な人たちが殺されたり傷つけられたりするのはイヤだもん。
死刑廃止ってのは、それはそれで立派な意見だと思う。でも、それが頭でこしらえただけの、根無し草のような偽善であるならば、僕にとっては顧慮に値しない思想だ。
もし死刑廃止を唱えるなら、無期懲役だけでなく終身刑を創設する、重罪(殺人・誘拐・レイプ・幼児に対する強制わいせつなど)を犯した人間に対しては刑期終了後一定期間の保護観察処分を施す、ストーカー法や被害者を守るための法律を整備するなどの施策を同時並行で行なわなければ、片手落ちと言うものだろう。
そう、この国には、根本的な議論がない。口あたりのいい、でも中身のまったくない浮き草理想論か、付け焼刃の対策&先送りというセットしかないのだ。自衛隊、赤字国債、構造改革……。どれもこれもそうだ。そして、そういう浮き草理想論や、先送りを好む人が、僕の周りにもたくさんいる。
……。