唐突だけど、どういうわけで「日本」の英語発音(?)って「ジャパン」なのかなあ?
いやね、昨日、リングスの田村がヘンゾ・グレイシーを倒したんだよな。桜庭はホイラーを倒したし、あとは船木対ヒクソン戦、桜庭対ホイス戦かあ、なんて考えてたら、「そう言えばブラジルでは、Rってどう発音すんのかな?」という疑問が頭をもたげてきたのだ。
ヒクソンって、たしかスペルは「Rickson」だったような気がするんだよな。ホイスも「Royce」とか書いてたような覚えがある。そだ、以前見たサッカーブラジル代表の試合でも、あるアナウンサーがロナウドのことを「ホナウド」、ロナウジーニョを「ホナウジーニョ」って呼んでたなあ(あ、でもロベ・カルは「ロベルト・カルロス」って呼んでたけど)。おそらく、ブラジルではRを「はひふへほ」で発音するに違いない。
まあ、こういうことっておそらく頻繁にあるんだろうな。例えば、プロゴルファーの青木功って、海外ツアーに参戦してしばらくは「アオキ」じゃなくて「エイオーキ」って呼ばれてたらしいしさ。そういう意味じゃあ、野茂っていい名前だったんだろな、アメリカのファンへのなじみやすさってことで言えば。すごいピッチングをして、「あんなピッチャー、No Moreだ」なんてダジャレが言いやすい。日本で言うと、そうだなあ、元ジャイアンツのジョンソンが、スポーツ新聞に「ジョン損」って書かれるようなもんか。ソンがつく名前は日本では辛いわな、トマソンもそうだったし。こういう例は事欠かないな、元広島カープのランスが、相手チームに手痛い一発を浴びせると「ランスにゴン!」だし、金田正一は元日ハムのソレイタがホームランを打ったときに「それ行った!」っと大喜びして叫んでたし。あ、そうそう、城って名前はスペイン人にはわかりやすいんだろうな、しかし、「Jo」かあ。ヨーロッパ圏内ではこういう名前、違和感ないんだろうか? 僕的には、(元?)フランス代表で、ペルージャでは中田のチームメイトだったイブライム・バの名前を聞いて、「ええっ、しかしバて」って驚いた記憶があるからな……。
……って、脱線してきた。つまり、個人の名前っつうレベルでは、その人の出身地の発音より、その人の名前を呼ぶ側の発音方法が優先されるケースもあるってことだよな。それはそうかもしれない。
でもなあ、「ニッポン」と「ジャパン」の間には、発音体系の違いでは片付けられない、もっと大きな違いがある。
想像するに、多分「ジパング」っていう発音は、中国経由でヨーロッパに伝わったんだろうな。つうか、当時はそれ以外に日本の情報がヨーロッパに伝わる可能性はあまりなかったんだろう。で、その呼び方がいつのまにかヨーロッパ社会に定着してしまった、と。(ちなみに、ジパングって元はどんな中国語だったんだろう? やっぱり、「倭」とか、あるいは「匈奴」とか「鮮卑」みたいな意味合いだったんだろうなあ。)
その歴史的経緯はわかる。でも、どうしてどこかのタイミングで、日本は「われわれはジャパンじゃないっすよ、ニッポンですよ」って訂正しなかったんだろうか?
かなり前の話、トルコの大使館が「風俗店の呼称にわが国の名前を使うのは許せない」って言い出して、それで「トルコ風呂」が「ソープランド」になったってことがあったよな。僕も、トルコ人の気持ちはわかる。名前ってのは大事なものだもんね。
それから、ソウルオリンピック。他しかあの時、韓国人や日本人の名前は「TANAKA ICHIRO」のように表記されていた気がする(「JOHNSON,BEN」と表記されていたかどうかは記憶がない)。あれは、「そうだよな、俺の名前って輝英白谷じゃなくて、白谷輝英だもんなあ」と新鮮に感じたもんだ。
そんな僕にとっては、「国内的には日本、対外的にはジャパン」でOKってことにしている2重構造は、ちょっとだけ不思議な感じがするわけだ。いいじゃん、対外的にもニッポンで、って。
個人的には、「海外の人がジャパンって呼んでるから、それでいいことにしましょう」って態度は、国際化って言葉とは正反対ないかと疑うのだ。むしろ、「俺たちはニッポンだから、みんなもそう呼んでよ」って姿勢のヤツの方が、真の国際人だと思ってたりする。無軌道な同一化ってのはおバカさん、個体差を認め合った上での共存ってのが、大人のやり方ってものだ。
なので、英語の公用語化ってのも変な話だと思うねえ。それより、日本語教育をもうすこし充実させて、さらに小学生くらいから比較言語学的なこと(もちろん、小学生レベルにトランスレートしてさ)を教えた方がいいんじゃねえかと思う。