家族で上野動物園に行った。高校時代、「競歩大会」(生徒全員で九十九里浜を30km歩くというイベント)が雨で中止になり、その代替イベントとして訪れて以来だから、約15年ぶりということになるだろうか。
周囲は、当然のことながら家族連れが多い。大人が子供の手を引いて説明をしている。多くの場合、「あれがゾウさんでちゅよ」などと子供口調になっているのだな、これが。ったく、馬鹿じゃねえのかって思いかけた瞬間、自分も2歳の娘に「チッコは大丈夫?」なんて口を滑らせてるから世話がない。ちょっとだけ苦笑しながら、子供たちを肩車して園内を歩く。
ところで、園内は家族連れだけでなく、若いカップルもいるのだ。そうか、動物園というものは、デートスポットでもあるのか。知らなかった。しかし、どういう流れで、動物園でデートすることが決まるんだろうか。男か女か、あるいは双方が「俺(私)、動物好きなんだよね」なんてことがきっかけなのかなあ?
動物園で動物を見るのが好きだって感覚は、僕には良くわからんなあ。特に、動物を擬人化して見るってのは、どうにも苦手だ。だって、自分が見られる側になるケースを想像しちまうから。サル山なんて、どうなんだろうね、あの狭いフィールドで何家族かがひしめき合って暮らしててさ、しかも周囲には常に好奇の目が取り巻いている。僕ならどうするかな? 自殺するかそれともとことんまで鈍くなって生き延びるか、あるいは「人間」に取り入って少しでも良い環境を作るよう努力するのか……、なんてことを想像するだけで横隔膜のあたりが重く感じられる。
そんなオヤジにお構いなく、子供たちは十分に満足したようだ。ゾウ、キリン、カバなどの圧倒的な存在感を間近で見ただけで、強いインパクトがあったらしい。動物園ではしゃいだ反動で、帰りの電車では2人ともグッスリと眠ってしまった。育児と仕事で疲れ気味の母と、前夜「Xファイル」のビデオを見て夜更かしした父も、子供を抱きかかえながらしばし眠る。
ついに「ドラゴンクエスト7」を購入。マンションの同じ階に住むNさんは、既にレベル42に達し、クリア寸前だといっていたが、こちらは1時間ほど操作してそのまま放置。
確かに忙しいという事情もあるのだが、それよりも、以前とは操作性が全く異なっていることに戸惑う。
1年ほど前、Nintendo64の「ゼルダの伝説」を買った。途中で行き詰まり、珍しく「攻略本」まで手に入れてプレイしたのだが、結局クリアできぬまま。これは僕としては相当にショックだった。ファミコンでもスーファミでも熱中し、そこそこうまくプレイできた「ゼルダ」なのに……。やっぱりアクションゲームは年々下手になるよなあ、なんて。
でも、今度のドラクエがクリアできないとなると、これは深刻かも。ゲームってジャンル自体から、僕が離れていっているのかもなあ。
ま、まずはもうちょっと時間ができて、プレイしてみないことにはわからないんだけどさ。
3日ほど前、ライター仲間のAさんの出産祝い(といっても、当然Aさんは出席していない。ま、単なる飲むための口実です)で飲んだとき、友人のIさんが「白谷さんのサイト、ちょっと前から叙情的(?)な口調になったよね」といわれた。自分では全然意識していなかったが、何か変化があったかなあ? 以前より「不特定多数」を意識することが少なくなったから、それが影響しているんだろうか。
9月に読んだ本は「あしたのジョー1~8」(高森朝雄・ちばてつや/講談社漫画文庫)、「レイアウトスタイルブック2000年度版」(ワークスコーポレーション)、「最強のプロ野球論」(二宮清純/講談社現代新書)。