夕飯を食いながらNHKを見ていると、田中康夫が長野県知事選挙で当選確実になったニュースが流れてきた。うへ、今日が選挙だったんだ。知らなかった。この1ヶ月半、新聞を取らない生活をしているのだが、こういうときはやっぱりちゃんと新聞読んでおくべきだと痛感する。新聞がないと、自分にとって必要のない情報ってのに、どんどん疎くなってしまうもんな。
田中康夫は個人的には好きじゃないし、政治家としての素養も全然信用してはいないのだが、今回長野県民が彼を選んだのは喜ばしいことだと思う。田中康夫は「県民が一緒に参加する政治」ってのを標榜していたはずで(かなりうろ覚えなんですけど)、ということは、県民は「政治に対してこれまでより主体的になること」を選択したわけだ。市民が政治を自分の問題として捉え、積極的に関与していくべきだと思っている僕にとっては、とても望ましい状態。もちろん、田中康夫に対して、ある種の「タレント票」や「期待票」が大量に入っているのは事実だろうけど。
しかし、議会の運営は大変だろう。石原慎太郎は、なんだかんだ言ったって元自民党(あれ、今もだっけ?)だし、シンパも多い。東京都というマスコミのお膝元にいるおかげで、議会も表立って人気抜群の知事の足を引っ張ることはできないし。でもなあ、田中康夫はそうはいきそうにないもんなあ。恐らく、議会の過半数は「反田中」でまとまっちゃう。いろんな嫌がらせが起こるだろうなあ。作家田中康夫的には、エッセイのネタには事欠かないだろうけど。
結局、議会というものは、当たり前だが多数決で動いていくものだ。このところ、遅れ馳せながらそのことに気づき始めた。
昨年の今ごろは、保育園父母会の主張を通そうと思ったら、自分か、あるいは誰か父母会の代表者に市議会議員になってもらって、それで議会活動をするほうが手っ取り早いって思っていた。でも、現実はそうもいかないらしい。市川市議会で過半数を取るには、23人以上の議員の賛成が必要。保育より道路作りを優先する自民党系議員の壁を崩すのは大変だ。それに、6人以上の会派を作らないと、法案を提出する事すらできないらしい。たかだか1人当選させたくらいでは、状況はあまり変わらないのかもしれない。10日ほど前、市川市の保育士さんの労働組合の人と会合を持った帰りに、労組の書記長さんから話を伺ったときも、そういう感触だった。
もちろん、議員という肩書きがあれば発言の重みが変わってくるだろうし、その立場を利用した活動も可能になるのかもしれない。ただ、現実的に選挙活動は大変だし、仮に当選してもその人間は仕事を辞めなくてはならない。で、任期を終えると失業者。そんなリスクを負うのは、正直大変だ。もちろん、2ケタの議員を当選させたり、市長選挙に打って出るような状況があるわけもない。
かといって、既成の政党なり会派にアプローチして、自分たちの主張を実現してもらうって動き方も、隔靴掻痒ってなもんだ。議員には育児経験のある人は少ない。子供を持ってはいても、実際に保育園に子供を送迎した経験のありそうな人は、ごく少数派だ。
5年半ほど前、僕の彼女がはじめて妊娠したことを知ったとき、街の中にこんなに妊婦がいたのかって驚いたことがあった。自分に子供ができるまで、妊婦や子供という存在は僕の視界には入っていなかったのだ。
子供が生まれてからは、こんなに子育ては大変なものかと痛感した。同時に、周囲にいた子育てをしている人々に対し、「キミたち、すんげえ苦労してたんだねえ」って共感したもんだ。それまでは、仕事を途中で切り上げて家路を急ぐ親に対し、「子供を言い訳にして仕事サボってるんじゃねえの?」なんて目を向けたこともあったのに。
人間の想像力なんて、ごく限られたもの。自分が経験していないことに対しては、ひどく鈍感だ。だから、子育てをしたことのない議員に、父母会の意見を代弁してもらおうと思ったって、それは難しいこと。
結局、立場の似通っている団体と、連帯していくしかないんだろうかなあ。学童保育の団体や、保育士の労働組合、幼稚園の父母会……。そうすれば、複数の議員を市議会に送りこめるかもしれないし、あるいは一種の「票田」として市長や議会に対する発言力を強めることもできるのかも。
でも、手間が掛かるなあ。それにいかにも先の遠い話だ。
もっと他の方法ってあるのかな……?。