英国人女性の失踪事件で、40代の会社社長ってのが疑われているらしい。
それは別に構わないのだが、現時点でその会社社長ってのは別件での取調べを受けているだけなんでしょ? 女性の失踪については関与を否定しているのに、マスコミ(といっても、現在僕はいわゆる一般紙ってのを読んでないので、テレビとスポーツ紙、夕刊紙くらいしか知らないのだが)は完全に彼を犯罪者呼ばわり。実名はもちろん、写真(最近のものが手配できなかったのだろう、どのテレビ局も高校時代の写真だった。おいおい、30年前の写真出して、意味あるのか?)やら経歴やらをガンガン出してる。日刊ゲンダイなんて「レイプ魔社長」呼ばわりだもん。
長野サリン事件で無実の男性を犯罪者扱いして、あれだけ叩かれたのに、相変わらずこのありさまだ、日本のマスコミってのは。
僕の大好きな小話に、こんなのがある。
「客船が沈みました。海に投げ出された人々は救命ボートにつかまりましたが、ボートは定員を完全にオーバー。そこで人々は話し合い、女性と子供を助けるために、男性が犠牲になる事に決まりました。
まず最初に声を掛けられたのはアメリカ人の男性でした。
『正義のためです。あなたはボートから降りてください』『わかりました』
ジャボーン! アメリカ人は海の中に飛び込み、帰らぬ人となりました。
次に声を掛けられたのはイギリス人です。
『あなた自身の名誉を守るため、ボートから降りてください』『わかりました』
ジャボーン! イギリス人は海に飛び込み、二度と戻りませんでした。
次はドイツ人です。
『これは規則ですから、ボートから降りてください』『わかりました』
ジャボーン! ドイツ人も、波に消えていきました。
最後に残されたのは日本人。
『みんな飛び込みましたから、あなたもやってください』『わかりました』
ジャボーン!」
日本のマスコミには、絶対的な価値基準ってものが完全に欠如している。「この事件はまだ『推定無罪』だから、ウチの社では実名報道は行わない」なんて思考はしない。「他の社が報道してるから、ウチもやってもいいだろう」と考えるだけ。いや、考えてもいないんだろうな、単に反応しているにすぎない。なんだか昆虫みたいだ、日本のマスコミは。
いや、マスコミだけじゃないやな。僕も含めた日本人全般も、きっとあんまり考えちゃいねえんだろう。マスコミとマスは、いつでも絶妙の釣り合いを保っているものだもん。「マスコミって馬鹿だよな~」って行為は、天に唾しているだけ。
そうそう、日刊ゲンダイといえば、この前期待通りの記事を書いてくれてた。いわく「中田『五輪あたりで働けず』世界の評価ガタ落ち」だってさ。 「シドニー五輪でさえあの程度の働きしかできない。テングになってダメになった。もともとイタリアでは戦力より、話題と副業でモテていただけ。今の状態が実力通り」なんだと。あんまり予想通りの記事だったので、思わずニコニコしちまったですよ。
野茂も渡米前や、成績が悪くなった時期には「ポンコツ」とか「日本の恥をさらすだけ」って言われてたなあ。イチローも、スランプになったら叩き放題叩かれるのだろう。くわばらくわばら。ま、彼らはせいぜい蚊に刺されたくらいにしか感じないだろうけど。
しかし、ここまで「ダメな日本人」の典型を日刊ゲンダイさんに見せていただけると、逆に気持ちいいよね。溜飲が下がる思いってやつかもしれない。
彼らにとって、「日本人は、世界では絶対通用しないダメ民族」なのだ。ホントは違うのにね、「日刊ゲンダイの記者およびその読者は、世界では絶対通用しないダメ人間」ってだけなのに。でもな、自分がダメって認識するより、日本人がダメって認識する方が気が楽なんだろうなあ。ため息しか出ない話だけど、これが現実。そして、日本人のかなりの部分のメンタリティは、実は「日刊ゲンダイ的」なのではないかと思うのだ。
話は飛ぶが、今日、僕が子供時代に住んでいた市原市で、いじめが原因で中学生の女の子が自殺したというニュースが報道されていた。いじめ。なんとも「日本らしい」出来事だよな。
絶対的価値基準を持てず、相対的な価値に流される。突出した人間を嫌い、足を引っ張る。そうなのだ、心に一本筋が通ってない、クラゲのような人々なのだ、私たち日本人というものは。常に他人と比較する事でしか、自分自身の位置を確認できない。だから、他人の幸せは己の不幸、他人の不幸は蜜の味。そして、お寒い足の引っ張り合いは、今日も続く……。
友人のIさんが、よく僕に言う。こんな日本捨てちゃって、アメリカにでも行く方がいいんじゃねえの、って。
いつも僕は、こう答える、んな簡単にいくわけねえじゃん、俺って、生まれてこのかた日本語で暮らし、日本語で考えてきたんだからさあ、人間は言葉を使って考えるわけでしょ、だったら日本語が使えない場所、日本語が聞こえない場所に行ったら、俺の思考はどうなっちゃうわけ? 確かに日本はナニだけど、海外に行って自分の思考が鈍ってしまうのも嫌だよなあ……、って。
だが、なんだか最近シュルシュルだ。Iさんの言う事ももっともだよなあって、よく思う。
ただ、やっぱり僕は日本で生きていくんだろうと思う。だから、いろいろじたばたしてるんだよな。「父母会」とか「地域活動」とか「政治」なんて、辛気臭いことに手を出しながらさ。
あ~あ。
さて、この1ヶ月半ほど、僕は新聞を取る事をやめていたのだが、再び購読することを決意。知人のTさんの勧めで、初めて「産経新聞」を読む事になりそうだ。そして、3ヶ月後には日経にチェンジし、その時点でまた、購読を続けるかどうか再検討しようと思う。
新聞を読まないことで、いくつかのデメリットがあった。テレビ番組がわからないとか、チラシが入らないってのもあったのだけれど、最大のものは、自分にとって関心の薄い分野の情報が全く入らなくなってしまうって事だったなあ。
そりゃまあ、プル型の情報収集がちゃんとできる人間ならいいんだが、こちとらズボラっつうことに関しては強い自負を持っているわけだ(って威張ってどうする!)。やっぱり、プッシュ型のメディアを持っておかないと、一気に世間に疎くなっちゃうよな。
先週の土曜日は、ウチの子供の保育園の運動会だった。昨年、園と近隣住民との間でトラブルが起こって以来、園庭での開催が難しくなってしまったため、会場は近くの小学校だった。
保育園から小学校までは、大人の足で徒歩5分ほど。車で行けばほんの2分ほどの距離だ。しかし、運動会にはさまざまな機材が必要。玉入れ用の籠や平均台、イスに机などを保育園から運ばなければならないのだが、当然のことながら保育士さんは全員女性。そこで昨年に引き続き、父母の中の有志が会場の設営、撤収を手伝うことになった。
僕は撤収の方を手伝う事になった。昼過ぎに運動会が終わり、機材をバンに積んで、僕は保育士さん2人とともに車に乗りこんだ。すると、園ではとってもやさしい保育士さんが、ハンドルを握った途端に豹変。近くを自転車で通った小学生くらいの女の子に、車内から「おら~っ、邪魔なんだよ~っ!」などと毒づいてた(もちろん、車外には声は聞こえてないと思うけど)。
いやあ、しかしハンドルを握ると正確変わる人って、ホントに多いよな。
これって多分、運転している人の意識の中で、ハンドルを通じて自分と車が一体化しちゃってるってイメージがあるからじゃないかと思うのだ。ある意味、車と自分の体が接続され、自分自身が「拡張」されたような。
僕は、人間の体の境界は、意外とあやふやなものだと思っている。人間の輪郭というものは、流動的でやわらかなものだ、少なくとも人間の意識の中では。だからこそ、人はキスやセックスをする。トラックに乗ると急に気が大きくなる運転手や、電車のつり革につかまれない人がいるのもそのせいなのだろう。
コンピュータ技術、特にインターネットというものも、人間の境界を拡張できるツールのひとつだろう。人間はネットを通じて何かに接続し、それまでとは違う輪郭の存在に変わるのだろうと思う。
だからなあ、僕は、顔も知らない人とネットを通じたコミュニケーションをすることには、どうしても腰が引けてしまう。だって、ネットを通じて触れ合う人格ってのは、その人のナマの人格とは異なる輪郭で立ち現れるものだから。知人・友人と掲示板で話すのは楽しいけど、会ったことのない人と話すのはなあ……。
別に未知の人と話すことが楽しくないわけじゃないよ、ただ、それはやはりバーチャルな関係でしかないと思う。だって、こっちも相手も、ナマの人格とは異なる輪郭同士で話をするわけだからさあ。お互いに、そうした状況で話をしていることを認識してりゃあいいんだけどね、変に期待するのは避けようってだけなんだけどさ。
クルーソーパソコン、いいなあ。
出先の編集部で原稿を書く機会がたまにあるのだが、慣れない(といっても、このサイトは常にWindowsマシンで作っているし、仕事でWindowsのアプリケーションを使う機会も多いんだけど)Windowsマシンで作業をするのはストレスがたまるものだ。それに、なにしろWindowsはダサい! 使っているうちに、パワーが抜かれてしまうような気がするほどだ。だから、本当は慣れたMacOSが使えるパワーブックなりiBookが欲しい。今持っているのは、4年前に買った旧型のパワーブック(CPUが68040なんだよな……)のみ。テキストを書くだけなら使えなくはないのだが、外付けモデムなしではネットへの接続もできないし、第一バッテリーが大して持ちゃしねえ。ACアダプターは無駄にでかくて重いしなあ。
でも、新しいパワーブックを買おうという気は起こらない。だって、例外なく重いし、高い。iBookという選択肢は値段の面では魅力だけど、あれ、仕事に使うにはちょっとアレなデザインだよねえ。特に、キーボードの色があんまりにもオモチャっぽくて嫌い。。
そこに、クルーソーCPU内蔵パソコンの登場だ。VAIOのC1だったら、Sバッテリーで4~5時間持つらしい。仕事に使うだけでなく、MP3を電車の中で聞いたりメールチェックもしたいと思っている僕にとっては、かなり魅力の商品だ。11月に出る富士通の「LOOX」ってヤツも、安いし軽いしで結構惹かれている。
おそらく、年末から来春にかけて、松下や東芝も同様の商品を出してくるだろう。そしたら、一番よさそうなヤツを買っちゃおうかなあ?
最悪、MacOSのエミュレーター「FUSION」でも入れるって手があるし。うん、ちょっと楽しみだ。