6歳の長女から、誕生日プレゼントの手紙をもらった。下手くそな字で、「ぱぱえ ぱぱまどかやみんなのためにいっぱいいつもはたらいてくれてありがとう。まどかとはるかわとってっもかんしゃしています。」と書かれていた。
ひらがなの「ま」しか書けない3歳の次女は、手紙はないけどチューしてあげると言っていた。でも、ケーキを食べて風呂から上がったら、そのまま忘れて寝入ってしまった。
そんなこんなで、僕も35歳になったわけだ。
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何年か前の年賀状で、十二支をすべて読み込んだ文章を書いたことがある。「『月』下ニ原稿用紙ヲ埋メ(『梅』)、締メ切リ(『桐』)前ノ錯乱(『桜』)ノ中、言ノ葉ノ浮カブヲ待ツ(『松』)……」なんてヤツだ。これは不評だったなあ。というか、そういう仕掛けがなされていたことに気づいた人が、一人もいなかったもん。
長女が5歳になったときに、保育園の『園だより』に載せてもらった文章も、全く同様だった。その時は、こんな感じ。
まどか、5さいおめでとう
う~んとむかし、パパがこどもだったころとくらべると、
とってもあなたはりっぱでかしこいとおもいます。
でかけるときはひとりであるくし、えやじもじょうずにかける。
めそめそすることもへったし、きがえもできるようになった。
おちゃわんのあとかたづけもできますよね。
いもうとのはるかちゃんのめんどうもみてくれて、
さいきん、パパとママはほんとうにたすかっています。
5さいのたんじょうびおめでとう、まどか!
かわることなく、やさしいあなたでいてください。
どこにいても、いつでも、わたしたちは
まどかがだいすきです。
こっちは、最初の文字を後ろから拾って読むと、表題と同じ文が現れる仕掛け。これも、誰も意図を汲み取ってくれなかったんだよな。
こういう文章を読み返してみると、ちょっと僕は、「文章オタク」なんじゃないかと思うこともある。