Windowsパソコンのデスクトップには、「書かなきゃいけない原稿リスト」が張ってある。今月の初めは、そこには10本ほどの企画名が書かれていた。しかも、どれも全くの準備不足状態。リストを見るたびに「ちくしょー、終わんねえよ!」と暗澹たる気持ちになっていた。
だが、現時点で残りは3本。ようやくここまできたかあ。こうして今回も、山を越えていくわけだ。もう10年も前に先輩が教えてくれた金言「白いまま出た本はない」。本当にそうだ。
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忙しいといいながらも、オリンピックの中継はそこそこ見ていた。寺尾が不可解な失格を食らい、金メダルを4つ取ると期待されていたオーノがまさかの転倒で銀メダルに終わった、男子ショートトラックも見た。終わった直後、率直に言って、「こんなにあいまいなルールで戦う競技に、4年間、莫大なエネルギーを注ぐのか!」と、選手たちを気の毒に感じた。ルールや審判を信頼できないスポーツなんて、空しいじゃないか。
現代の経済は、信用によって成り立っている。
少し前なら、貨幣の背後には金や銀があって、その価値を担保していた。場合によっては、国家ないし支配勢力の武力が貨幣の後ろ盾となっていたこともあっただろう。それが現在では、少なくとも先進国と呼ばれる国家のほとんどで、貨幣はその国家の信用によって裏書されている。
さて、信用とは大まかに言って、2つの方法で育まれていく。一つは、言わずもがなのことだが、約束を守り続けることだ。一つ一つの約束を確実に守ることで、信頼は積み上げられていく。これは、誰もが知っていることだ。
ところが、もう一つの方法は忘れられることが多い。それは、約束を破った場合、自ら進んで適切なペナルティを進んで背負うことだ。ルールに従って償いをすることで、信用が守られる、あるいは信用が積み増されることだってある。
今の日本の不況の原因はいろいろ言われているが、根本は「信用不況」なのだと思う。政府は、保険や年金制度の破綻について、決して本当のことを言わない。昔は「従業員を守るのが会社の使命」と語っていた企業が前言を翻し、あの手この手で社員を解雇する。官僚は、税金を不正に流用し、天下りで不当な利益を得ている。牛肉のラベルは、原産地名も賞味期限も書き換えられている。そんな中で、のんきにお金を使うことなど、できるわけがない。
特に、僕らのような若い世代はね。どう考えたって、僕らは逃げ切れない世代。マージャン用語で言う「つかまっている」ってヤツだ。
今の日本には、ルールがない。特に、「償いのルール」があまりにもおろそかにされていると思うのだ。
例えば、銀行に投入された「公的資金」。あれもひどい話だったな。債務超過に陥った銀行には、それなりの原因があったはずだ。彼らは、そうした原因を作った張本人として、償いをしなくてはならなかった。でも、政府は責任の所在をすべてうやむやにしたまま、数千億円、数兆円の金を突っ込んじゃった。政府閣僚や高級官僚たちが言ってたな、「経済システムを守るためのやむを得ない方策だ」って。でもさ、そのために払った代償はあまりに大きかった。ルールを破り、さらに償いすらしない者を助けた結果、「信頼のルール体系」を足元から崩してしまった。でも、そっちの方が、経済に与える傷は深かったのだ。
景気を良くするには、公的資金の投入なんて無意味、というか逆効果なのだと思う。むしろ、政府の、官僚の、企業の信頼度を高めることこそが、景気回復の最大の鍵なのだ。
情報公開。私的な利益確保と保身を図るすべての閣僚、官僚、企業役員の排除。将来に対する明確、具体的なビジョン作り。そして、約束を守るものを守り、約束を破るものに正当な償いを課すルールの策定。
景気回復は、経済の専門家に任せてもムダだ。むしろ、心理学者と小説家とショートトラックの選手がチームを組む方が、ずっと効果的だと思うね。