夜食を取ろうと思って冷蔵庫から大根を取り出した。おろし金で大根をすりながら、ふとテレビを付けると、NHKでニュースを放送していた。離婚調停中の妻の実家に包丁を持って立てこもり、義理の母と姪を人質に取っていた男が、28時間後に逮捕。しかし、姪は既に殺されていた、そうだ。
姪を殺したのは、もちろん立てこもった男だ。しかし僕から言わせれば、警察の責任者こそ、人殺しの張本人だ。
報道によれば、立てこもった男は警察との交渉の過程で、覚醒剤を打っていると話していたらしい。また、焼酎を飲んでしたたか酔ってもいたようだ。その男を、無策にも28時間放置して、結果、罪のない小学生を殺した。これは、いわゆる「未必の故意」ではないのか?
僕は、男が立てこもった家の構造を知らない。男の性格も、立てこもっていたときの精神状態も知らない。男、あるいは殺された小学生の家族が、警察にどのような要請をしていたのかも知らない。だが、そこにどんな事情があろうと、今回のようなケースでは犯人を早いタイミングで射殺するべきだった。
人の命は、公平に重いわけではない。覚醒剤を使い、包丁を片手に罪のない小学生を人質に取った男の命と、何の非もないのに事件に巻き込まれた子供の命が、等価であるはずがないのだ。その子供が、たとえ万が一にでも殺される可能性があるなら、射殺を躊躇するべきではない。
人殺しにだって人権はある。だが、優先順位ってもんがあるだろう。最優先で守るべきなのは、人質の人権だ。
こういうことを書くと、白谷は野蛮だって言われるんだろうな。
ふん、構うか。
こういうシチュエーションでは、人質の命を守るために、犯人の射殺はやむを得ないこと。それをしなかった警察は、人殺しの共犯となじられても仕方がない。絶対に、その怠慢を責められるべきだ。