葬儀に出席する夢を見る/最悪、マイクロソフトワード/皇太子妃はトキじゃねえっつうの
夢を見て、起きた。リビングに行き、時計を見てみると5時過ぎだった。
夢の舞台は、父方の祖父の葬式だった。と言っても、僕は祖父の葬式に出席したことなどない。2人の祖父ともに、第二次大戦の前後に亡くなっているので、顔すら見たことがないのだ。でも、僕は祖父の葬式に出ていた。
葬儀の行なわれていたのは、普通の民家のようだった。だが、そこは僕の家でも、実家でも、父の実家でもない。覚えのない、しかしどこか懐かしいような、そんな家だった。僕は廊下に立っていて、突き当たりの部屋(おそらく、そこに祭壇があるらしかった)の開いている引き戸の向こうに見える父の背中を見ていた。父は、背中を丸めて立っていた。僕はその背中を見て、「父に優しくしてやらなければ」と思っていた。
そうだ、きっと、僕が見たのは父の葬儀なのだ。別に確証もないし、夢分析の技術も持ち合わせていないけれど、僕はおそらく、祖父の葬儀ではなく父の葬儀を見ていたのだ。すると、猫背の男は、あれは僕だったのか?
それはともかく、僕は夢の中でいろいろな事を考えていた。「死者を忘れないことが、死者に対する最大の弔いだ、だから人間は位牌を作り墓を立てるのだ」とか「自分の葬儀はどのように取り仕切るべきなのか、無宗教な僕だが、死んだら生者の都合を優先してもらう方がいいよなあ、家族が満足する形であれば豪華な式でもただ燃やすだけでもどっちでもいいや」とか「坊主はあんな念仏で高い金をとるんだなあ、ぼったくりだぞ」とか「しかし、こういう風に伝統に沿って葬式を進めるのが一番楽なんだろうな、先例に逆らうのはなにかと大変だ」とか……。実にとりとめのないことばかりを考えていた。
しかしあれだな、よく「夢というものは、どんなに長いものでもほんの数秒で見ているものだ」って説を聞くけれど、あれってホントかね? だって、僕の夢ってヤツは、どう考えてもダラダラと時間をかけて見ているような気がするんだよなあ。消し忘れたテレビの音とか、夕方を知らせるチャイムとか、家族の話し声とか、そういうものも小道具に取りこみながら夢が進行しているってこともあるし。場合によっては、ある程度の時間的な幅をもって夢を見ているとしか思えないケースもあるもん。それとも、間欠泉的に夢を見ているのだろうか僕らは? 眠りの切れ間に、脳髄からドーっと夢が噴き出してくるような。
そう言えば、最初の子供が生まれる前に、印象的な夢を見た。僕が、4歳くらいの女の子と、2歳くらいの女の子と話をしている夢だ。その夢を見た朝に、彼女に「生まれてくるのは女の子だなあ」と話した。で、案の定、僕には2人の子供が生まれたわけだ。
もちろん、単なる偶然かもしれない。偶然ではないのかもしれない。でも、いずれにせよ夢には不思議な力があるように思われる。
「夢を見るのはほんの一瞬」という説が正しいとすれば、覚醒しているときよりも夢を見ているときの方が、ある意味では頭の回転速度は速いと言えるだろう。
よく、「刑事(デカ)のカン」ってドラマであるよな。あれって、長年の経験が意識下で高度に組織化されて、それでほんの少しの情報がその回路に入っても、すぐに適切な結論が出るってことじゃないかと思うのだ。であれば、夢の回路も、それと似ているのかもなあ。グダグダばかりの僕であっても、一応30年以上は生きながらえているわけで、それらがどこかに蓄積され、互いに関連付けられていて、で、ふとしたはずみでその回路が目を覚ますと、パパッと夢が火花を散らして立ち現れる、なんて風に。
ま、あんまり突き詰めちゃうと、トンデモ科学者になっちゃいそうなんで、このへんにしておこう。「と学会」の本を読むのは大好きだけど、あれに掲載される方はちょっとイヤだし。
さて、早朝に目が覚め、つい今しがた見た夢を忘れないように、手近にあったメモ帳に殴り書きしてから、もう一度布団に入った。で、次に起きたのは昼過ぎ。このところは規則正しい生活ができていたのに、ちょっと気を抜くと(今日は彼女が直行で、家を出る時間が遅くなってもよいということだったので、子供たちの保育園への送りをお願いしてしまったのだ)すぐにこのありさまだ。
とりあえずパソコンを立ち上げ、仕事にかかる。今日やらなきゃいけない仕事は、なんと「職務経歴書」作りだ。ある情報誌の仕事で、「職務経歴書の書き方」という趣旨の記事を担当していて、そこに掲載するためのサンプル経歴書を作って編集者に見せなくてはならない。
なにしろ、これまでちゃんとした就職活動を一度もやったことのことのない僕としては、職務経歴書を作るだけでも大変な作業。その上、職務経歴書の見栄えを整えるためには、ワープロソフトを使わなきゃいけない。これが辛い、辛い。
仕事で使うのは、たいがいMacだ。それも、エディタを使って原稿を書く。ワープロソフトなんてかったるくて使ってらんない。たまに、凝った企画書を作るときにはDTPソフトを使ってるし。
ところが今回は、普通のビジネスマンが作るような職務経歴書を作らなくてはダメ。なので、仕方なくWindowsマシンにインストールされている「ワード」を使う羽目になった。これが、超使いづらい。よくこんなソフトを、世の中の人たちは使ってるもんだよなあ。5分ごとに腹を立てながら、仕事をした。
ホントに今日は、辛い仕事をした日だったなあ。
ところで、皇太子妃のご懐妊騒ぎ、あれ、別に関心もないんだけどさ、でも、あの皇居前で張りこんでるマスコミ連中、あれはどうなんだい? 皇太子妃ってトキじゃないんだからさあ、あんなに取り囲んでフラッシュ焚いたり照明当てたりして、ありゃあ失礼過ぎるよ。それで「雅子様にはお身体を大切にしていただきたい」とか言ってるからなあ。「自殺しようと思って手首にカミソリを当てたけれど、カミソリの刃が汚れていたのでバイ菌が入るといけないと考え、自殺を止めた」みたいな論理だ、ってわかりづらいか。
マスコミって、ホントバカだよなあ、で、それを支持しているのが僕たちバカな国民なんだよなあ、と、再び議会生民主主義とか衆愚政治とかに思いを馳せたりしちゃいましたぜ、ダンナ。