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コンピュータ・ネット・ゲーム アーカイブ

1999年07月23日

タンジェリンのiMac

 iBookが、9月に発売されることが決まったらしい。色はブルーベリーとタンジェリン。
 僕個人としては、タンジェリンは好きな色だ。ガキの頃は、ラムネはオレンジが一番好きだったし、歯磨き粉もライオン子供歯磨きのオレンジ味を愛用していた。しかし、どういうわけかパソコンショップではタンジェリンは一番の不人気らしい。ほかの色がすべて在庫ナシでも、タンジェリンだけは残っていたりする。どうしてだろう? 悪い色じゃないと思うけど。部屋のデザインに合わせにくいからかなあ? 
 なので、2色しか出さないのに、あえてタンジェリンを選んだアップルのやり方に、ちょっと注目しているところ。もし実物見て良さそうだったら、衝動買いしちゃうかもな、タンジェリン。

 ところで、今日の朝日新聞の朝刊に、ソーテックの新しいパソコン「e-one」の全面広告が載っていた。その、imacそっくりのデザインに思わず苦笑。おいおい、そんなあからさまなパクりはないだろう。

1999年09月13日

プレステ2に驚愕

 驚いたなあ、プレステ2。
 いや、今年3月に最初の発表があったときに、すでにメチャメチャ驚いてはいたのだ。インテルではなく東芝製の、Pentium、PowerPCを上回る性能のCPU。IEEE1394やUSB、PCスロットを搭載し、さまざまな周辺機器と接続できるコンセプト。現行のプレステソフトも使えるユーザーフレンドリー志向。DVD‐ROMの採用。WindowsからLinuxに切り替えられた開発環境。どれをとっても衝撃的だった。当時は非常に興奮して、親しい友達に「ゲーム機が家じゅうの電化製品のコントロールタワーになる」とか「ウインテル連合へ、日本の挑戦が始まった」とか「ゲームの最新データをダウンロードしたり、ネットワークを通じて音楽のセッションなども楽しめる」とか「料理のレシピ、テレビの番組表などもネットから引っ張ってきて、それで家電製品が簡単に使えるようになる」なんてメールを書きまくったものだ。
 で、昨日、プレステ2が初めてマスコミの前に姿を現したわけだが、そこで1つだけ思いもよらなかった発表があった。それは、プレステ2をイーサネットでCATVに接続して、データ配信を行うというもの。ダウンロードしたデータは、ハードディスクに記録するという仕組みなんだそうだ。なるほど~、そうかあ、そんな手があるのか。
 東急ケーブルテレビでインターネット接続している友人によると、CATV経由のネットサーフはものすごく快適らしい。なんでも、300KBのデータが4秒ほどでダウンロードできるそうだから。しかも、定額制で使い放題。うらやましい。
 こういう環境なら、ゲームのデータをネットから落として、それを使うってのも簡単だろうな。音楽のデータだって、MP3だったら1曲1分でダウンローでできるわけだし。でもって、ハードディスクに記録した音楽データを、IEEE1394経由でMDとかに録音するのも簡単だ。映画や本、雑誌だって、オンデマンドでダウンロードして閲覧できる。
 ちょっとソニーって、いいなあ。商品に、コンセプトとか夢とかが感じられるもん。ちなみに、僕は車には乗らないけど、もし自動車好きならホンダのファンになってると思う。「グランツーリスモ」でも、NSXに乗るし(ハチロクも使うけど。ミーハーだから)。

 そうそう、現在プレステ2で発売を予定しているゲームのリストもあがってたな。なになに、「A列車で行こう6」(アートディンク)、「バストアムーブ3」(エニックス)、「バイオハザード」(カプコン)、「グランツーリスモ2000」(SCE)、「電車でGO!」(タイトー)、「新リッジレーサー」「鉄拳TAG TOURNAMENT」(以上ナムコ)、「機動戦士ガンダム」(バンダイ)、「ワールド・ネバーランド3」(リバーヒルソフト)……、ひょえ~っ、すごいラインアップじゃないか! スクゥエアもコーエーも参入するから、「FF9」だって「信長の野望」だって出るだろう。Nintendo64と同時発売されたキラーソフトは「マリオ」だけだったし、ドリームキャストは「バーチャファイター」だけだったような覚えがあるけど、こちらはキラ星のようじゃないか。ま、これらのうちどのくらいが3月に出るかはわかんないけどさ。でも、現行のプレステソフトが使えるわけだから、遊ぶソフトがないって心配もない。
 ちなみに、僕的には「実況パワフルプロ野球7」「実況ワールドサッカー2000」(コナミ)、この2つが出るというだけで、3万9800円払うだろうな、プレステ2に。

 他にも、ポケットステーションにも対応するし、デュアルショックもスタート・セレクトボタン以外はすべてアナログ対応に進化するらしい。DVD-Videoが再生できるという大きなメリットもある。ソフトの充実度にも期待できる。こうなると、初回出荷台数100万台ってのは、いかにも少なく思えるなあ。いくら3万9800円だって、そりゃ買うよ、たくさんの人が。早めに予約入れておかないといけないのかな?

 しかし、かえすがえすも僕の住んでるマンションに、CATVが導入されてないのが悔やまれるなあ。おまけに、ウチのベランダからはスカイパーフェクTVの電波も受信できない。もしかすると、「メガウエーブ」みたいにスカパーを使ったデータ配信システムの可能性もあると思うので、CATVかスカパーのどちらかでもあれば良かったのに……。
 マンションを選ぶときは、あれだね、ちゃんとそういうことも考えて買わないといかんよね。

1999年09月15日

トップページのデザイン変更/ゲーム三昧

 このところ、「掲示板」や「僕のブックマーク」などのコーナーを作ったおかげで、トップページのデザインが読みづらくなってきたなあ。フレームとかを使って、もう少し読みやすいレイアウトにしようかなあとも考えている。
 もともとそんなにサイト作りに力を入れるつもりもなかったし、まあ力を入れたところでんなもん誰も気にしないし読んでねえって話もあるんだけど、どうもねえ、作ってるといろいろ手を加えたくなるもんだよね。
 最初は文字主体の、ごくごく素っ気無いサイトにしたいと思ってたんだけど、最近ではスタイルシートとかダイナミックHTMLとかGIFアニメとか、そういうのを使いまくったページもいいかなあと思い始めてきた。
 このページの上に、「日記猿人」への投票ボタンを作ったのも、いろいろやってみようという試みの一環。効果がわからないので、とにかくしばらくはいろいろ試してみよっかな。

 しかし、今日はそんなにチェレンジャイな状態ではなかった。彼女も子供たちも全員外出していたので、1日ゲーム三昧。すっかりダメ人間への王道を歩んでしまった。いや、猛ダッシュという感じだったな。原稿書くのに徹夜するのは大嫌いなのに(でも、いっつもしてるけどさ)、ゲームで徹夜するのは全然苦にならないんだよな。でも、これがゲーム雑誌の仕事ってことになると、状況は全然違うんだろうな。

1999年09月16日

ニフティは終わったか?

 ゲームのフォーラムで情報を探そうと思って、久しぶりにニフティにアクセスした。
 ビックリしたのが、フォーラムに書きこまれている発言が激減していたこと。以前は1週間で3ケタの発言があったフォーラムが、2ヶ月ぶりに入ったら2ケタの未読しかなかった。
 「パソコン通信」の魅力っていうのは、探したい情報がどこにあるのかがわかりやすいってところだと思う。特に、口コミ情報を効率良く探すって点については、ニフティは最強だった。ところが、肝心のフォーラムの参加者がこんなに減ってしまっては、なあ。今は検索エンジンを使えば、知りたい情報を扱ったサイトや掲示板はすぐ見つかるし。
 一応僕は、昔から使っているニフティのIDを持っているのだが、もういらないかもなあ。インターネットが普及してこっち、ニフティのIDがないと不便だってことはなくなったし、GHH00000@……なんてアドレス、覚えにくいし。さらにフォーラムにも魅力を感じなくなったんだから、ニフティ、やめてもいい時期かも。

1999年10月07日

新iMac発表/「開」「閉」の工業デザイン

 iMacの新しいバージョンが発表された。一番安いのが11万8000円、DVDのドライブつきが14万8000円ってかあ。なかなかナイスな値段だよなあ。こりゃあ、買っちゃおうかなあ? DV込みで。まあ、10GBのハードディスクじゃあ、1時間分の動画がぎりぎり録画できるかどうかってとこだろうけど、それでもかなり遊べそうだよなあ。
 でも、仕事部屋には置くスペースがないので、きっとリビングだよな、定位置は。そうすっと、子供たちのおもちゃになるだけだろうか……。すぐ壊れそうだ。


 ところで、今日乗ったエレベーターで、ユーザー無視の工業デザインに少しカチンときた。

 場所は、六本木交差点から徒歩3分ほどの場所にある、こ洒落たビル。1階でエレベーターに乗りこんみ、ドアが閉まるのを待っていると、40歳くらいの男性がやってきた。エレベーターのドアは今にも閉まろうとしているところだったので、僕はとっさに「開く」ボタンを押そうとした。
 すると……。
 ドアはいきなり閉まって、その男性にガツン!

 そのエレベーターの開閉ボタンには、「O」「C」という文字が刻まれていた。で、「開く」を押したかった僕は、「O」と「C」のどちらを押せばいいのか一瞬戸惑ってしまったのだ。男性はもうドアの隙間に体を滑りこませようとしている、すぐに判断しなきゃいけない……。つうわけで僕は、つい「C」のボタンを間違って押してしまったわけだ。
 40歳くらいの男性は、気まずそうな顔で苦笑い。僕も苦笑い。申し訳のつもりで、「ったく、わかりづらいよなあ」なんて独り言を言ったりして。気が小さいからな、僕。

 ま、このインターフェイスを作った人間は、「Open」「Close」というつもりでこんな風にしたんだよな。もしかすると、アメリカやイギリスあたりでは、そういう表示が一般的なのかもしれない。
 でもさあ、ここは日本よ。日本人にとって、「O」とか「C」って書かれてたって、すぐにピンとくるわけないじゃん。
 まだね、そのビルを使う人間の大部分が、外国人だっていうんならわかるんだよ。場所も六本木だしさ。でも、そのビルの名前は、「第2○○ビル」(○○には日本人の苗字が入る)だよ。入居している企業の名前を見ても、全部日本名。取材先の企業の社員も、全員日本人だった。こういう環境で、どうして「O」「C」なんだろうねえ? 

 他にも「<>」「><」って表示のやり方もあるよね。でも、あれもイマイチ、直感的にわかりそうでわからないんだよな。まあ、利用者の中には日本語が読めない人もいるだろうから、そうしたアイコンを利用するってやり方はよくわかる。でも、ほとんどの人間にとって一番わかりやすいのは、「ひらく」「とじる(しめる)」っていう表記だろうよ。

 あえて「O」「C」にしたところに、なんとなく、デザイナーのスノッブを感じてしまったんだよな(考え過ぎかなあ?)。それで、ちょっとイヤ~な気分になったんだけどな、一日。

1999年11月27日

自転車で小岩まで/「お受験殺人事件」?/どこでもいっしょ、お別れ/レッズ、J2落ち

 小岩に新しくオープンする家電量販店のチラシが入っていた。見ると、携帯が安い。ちょうど、IDOからドコモに買い替えを考えていたし、小岩だったら自転車でも行ける距離。最近運動不足だし、ここはジョギングと散歩がてら行ってみようと思い、家を出る。
 僕の家から江戸川までが15分、江戸川をわたってから店までが20分の、合計35分ほどで到着。しかし、ここで大きなミスが発覚。なんと、申し込みに必要な銀行印を忘れてしまったのだ。サイクリングのつもりでいったん家に戻り、今度は違う道を通ってもう一度小岩へ。で、携帯を手に入れてから再び帰宅。トータルで3時間くらいは自転車に乗っていたか。これなら、自転車に乗っている時間だけ仕事をした方がいいかも、などとも思っ
 たけれど、でも、久しぶりに長い時間ペダルをこぐのは、悪くなかった。


 さて、巷を騒がせている「お受験殺人事件」だが、僕も世間一般の感想と同じで、どうにも腑に落ちない。
 最初、幼稚園での目撃証言が非常に少ないという報道を耳にして、これは男性の犯罪ではないと思った。だって、幼稚園に男性(しかも、部外者で、場合によっては変質者的なオーラを出していることも考えられる)が入ったら、これは目立つもん。それに、殺された2歳の女の子は、その幼稚園の園児ではないわけでしょ? だとすれば、1人で園の外に勝手に出る可能性は低そうだし、仮に出たとしても、やはり男性に手を引かれて道を歩いてたりしたら、これも目立つもん。
 すぐに思い出したのは、市川市で起きた事件。子供が欲しいと思いつめた女性が、デパートの踊り場のベビーカーに入れられた乳児を連れ去ってしまったという話だ。で、もし女性が連れ去ったのであれば、子供はおそらく無事だろうなあ、そんな風に思っていた。だから、子供の遺体が見つかり、しかも犯人は女性というニュース速報を見たときは、意外な感じがした。

 しかしなあ、この事件、ホントに「お受験」だけが原因なのかなあ? たしかに、その地域は受験熱も高いのだろうし、幼児の受験においては子供の評価より親が評価されるという側面が強く、その分プレッシャーも感じるのかもしれない。また、専業主婦にとっては、子供の評価が自分の評価に直結するという傾向があるという話もわからなくはない。でもなあ……。
 例えば、一族すべてが東大とか慶応の出身で、自分たちも、いわゆる「レベルの高い」学校に子供をやらないとどうしようもなく肩身が狭いってなら、まだ話はわかる(納得はできないけど理解は、ね)。でも、そういうわけでもないんでしょ? 受験に失敗(しかも抽選で)しただけで人を殺すかね?
 新聞報道を見ると、まだ容疑者は動機について、「親同士の心のぶつかり合い」以上の事を言ってないらしい。ここも、いかにも怪しいよな。この事件、見た目ほど単純ではないのかもしれない。


 「どこでもいっしょ」だが、うさぎの「みいちゃん」から、今日唐突に別れを告げられてしまった。明日の夜、月に帰らなきゃいけなくなったらしい。長女と、しばらく悲しむ。
 しかし、長女はすぐに「次は猫ちゃんを飼おうかな」などと言っていた。切り替え早いなあ。


 夜はペダル疲れで早々に就寝。深夜に目が覚めて、日刊スポーツのウェブサイトを見て、浦和レッズがJ2落ちしたことを知り、驚く。
 でも、浦和は2部に落ちてもサポーターは残るかもしれない。そしたら、本当の意味で、レッズって市民クラブになるよなあ。ちょっと楽しみだ(市原は、J2落ちしたら即解散かもしれないもんなあ)。ま、レッズファンはそれどころじゃないかもしれないが。

1999年11月30日

IさんとWebの話/携帯の着メロ

 朝の9時半過ぎに、友人のIさんに電話。そこで、Iさんが今関心を持っている分野に関して、Webを使ったネットワーク作りをしたいというアイディアを聞く。
 アプローチのやり方や分野は多少違っているものの、発想はまさに僕のサイト(ここと、保育園の父母会サイトのいずれも)と同じだった。ある共通の利益、興味、境遇を持っている人たちが集まり、情報交換や意見交換をするための「場」を作ろうという行き方なわけだ。
 僕にとって、「場」を作り、整備するということは、今の一番のテーマだったりする。これは僕の実感値でしかないのだが、世の中に対してなにか言いたいことを持っている人って、多いと思うんだよな。で、そういうことってWeb日記とか、友達同士の雑談とか、あるいは1人1人の心の中でやりとりされてたりするんだけど、それを有効な行動に結びつけるための場所がない。場所があっても、そこに気軽に参加できる土壌がない。
 例えばね、僕の子供たちが通っている保育園の父母会って、かなり大きな事件が起こってさ、みんなで一緒に考えませんかって呼びかけてみても、参加してくれる人ってせいぜい全体の3分の1くらいだったりするわけだ。それって当事者意識が希薄な人(「きっと誰かがやってくれる」「多分御上がやってくれる」式の)が多いということだけではなくて、きっと、父母会という存在のうっとうしさとか、あるいは、参加したいと思ってもなかなか参加できない条件があるからだと思うんだよな。「下手に父母会に入って役員に祭り上げられて、いろんな雑用を押し付けられたらたまらん」「仕事が忙しい」「家事で忙しい」「自分以外に子供の面倒を見てくれる人がいないから、行事には参加できない」「父母会や、市との懇談会に出たところで、子供の保育環境が変わるとは思えない」……。
 そうした問題を、個人が努力してクリアすることには限界がある。例えば、仕事が忙しいと言う人には、地域活動に参加する場合の有給休暇に関して国や地方自治体が援助を行う、子供の面倒を見てくれる人がいない人には、パートタイム的に子供を預かってくれる保育施設の設置を進めるなどの方策が考えられるだろう。で、そのためには当然お金が必要。で、そのためには自分たちの利益を代表してくれる人が議会に席を確保しなきゃダメだ、そんな方向で物事を考えていたりするわけだ僕は。

 とりあえず、Iさんとは1時間余り話をする。後半は自分の考え事をしてて、Iさんの話がおろそかになった部分もあったけど(ごめんよ)。ま、こういう話は長期戦覚悟だからなあ、仕事やプライベートの合間に進めなきゃいけないことだから。お互いに、来年のうちにはもう少し具体的な形ができあがってるといいなあ。


 新しく携帯の端末が変わった。で、これには「オリジナル着信音」を作る機能がついている。こうしたヤツをみると、とりあえず何か入れてみようって思うのが人情だよな。
 早速Webを検索して、着メロのデータをいくつかピックアップ。Misiaの「陽の当たる場所」、奥田民夫の「イージューライダー」、ブルーハーツの「Train-Train」を入力してみた。元のデータで気に入らない部分は、自分でアレンジしなおしたりして。
 でも、入力が終わり、いざ設定をしようと思ったときに気が変わっちゃった。だって、着メロに凝るのってなんか、自意識過剰な気がして(ま、そうゆうことを考えること自体が、逆に自意識過剰なんだけど、てへへへ)。オリジナルの音を着信音にするのって、ま、1つには自分の着信音が他と区別しやすいってメリットもあるけどさあ、でも、その音を周りに聞かせたいっていう部分もあるわけでしょ、違うのかな? なんかそれって、ちょっとイヤらしくない? 「私はこんな曲を選ぶ、ええセンスの持ち主でっせえっ!」ってな主張、どうなんすか?
 ってなことで、オリジナル着信音の採用はナシ。結局、「着信音3」っていうのを使うことにした。


 今月読んだ本は、「コスモス 上・下巻」(カール・せーガン著・木村繁訳/朝日文庫)、「スローカーブを、もう一球」(山際淳司/角川文庫)、「ゴリラーマン 1~4」(ハロルド作石/講談社漫画文庫)。他に、「河童 他二編」(芥川龍之介/岩波文庫)と「レッドドラゴン 上・下巻」(トマス・ハリス/早川文庫)を再読。

1999年12月01日

個人情報の流出

 朝日新聞の夕刊で、早稲田大学が江沢民氏の講演の参加者名簿を警察に提出していたという記事を読んだ。昨日の朝刊には、名前などの個人情報に病歴をセットにした名簿を、業者が販売しているという記事も目にした。NTTやその関連会社の社員、あるいは警察官が、個人情報を不正に流していたって報道も、このところ立て続けになされている。
 こういう、特定の企業や機関が持っている情報を横流しする犯罪は、企業にとってマーケティングというものが最重要視される今、絶対に減ることはない。モラルのない企業は、消費者ターゲットを絞り込んで宣伝効率をアップするためなら、個人情報に金を払うことを躊躇しないだろうし、モラルのない社員や公務員はどこにでもいて、彼らは大した罪悪感もなく僕たちの情報を企業に売るのだろう。あ~、やだやだ。

 僕たちは、毎日いろんな企業・機関に、さまざまなデータを取られている。スーパーやデパート、レストランでクレジットカードを使えば、何を買ったかを把握され、銀行には毎月の電話代、ローンの残高、収入などが筒抜けになっている。おまけに、ディレクTVでペイパービューのエロビデオでも見た日にゃあ、どんな女優・タイトル・ビデオメーカーが好きなのかもバレバレになってしまう。
 そうそう、どこかの家電メーカーが、インターネットに接続できる電子レンジだか冷蔵庫だかを発表してたよな。ネットからレシピをダウンロードして料理できるってヤツ。こういうヤツを使ってると、そのうち「ふんふん、このウチの主婦は凝ったケーキを作るのが好きみたいだなあ。よし、ケーキ作りの調理器具のカタログを送ってやれ」とか「なんだ、ここの家庭はレトルトばっかりだなあ。栄養剤の案内したら一発だ」ってな感じで、営業されちゃったりするんだよな、きっと。

 しかもさあ、この先、国民総背番号制みたいなことになったら、こうしたデータって、すべて連結されちゃうんだよな。住所や電話番号、家族構成のような基礎データはもちろん、食べ物の好みや良く読む雑誌、好きなアーティストに女性のタイプまで捕捉されちゃう。なんかそれって、えらい気持ち悪いよなあ。
 まあ、便利っちゃあ便利なのかもしれないけど。例えば、「そろそろリビングの電球が寿命です」「来年3月に2歳になるお子様のために、こんなプレゼントはいかがでしょう」なんて、メチャきめこまかい案内が来たりするかも知れないもんな。でも、そんなのに慣れちゃうと、単なる消費マシンになっちゃいそうだ。やっぱヤダ。自分のことくらい、自分で決めたいもん。今の時代、それすら幻想なのかもしれないけどさ。

1999年12月14日

葬儀に出席する夢を見る/最悪、マイクロソフトワード/皇太子妃はトキじゃねえっつうの

 夢を見て、起きた。リビングに行き、時計を見てみると5時過ぎだった。
 夢の舞台は、父方の祖父の葬式だった。と言っても、僕は祖父の葬式に出席したことなどない。2人の祖父ともに、第二次大戦の前後に亡くなっているので、顔すら見たことがないのだ。でも、僕は祖父の葬式に出ていた。
 葬儀の行なわれていたのは、普通の民家のようだった。だが、そこは僕の家でも、実家でも、父の実家でもない。覚えのない、しかしどこか懐かしいような、そんな家だった。僕は廊下に立っていて、突き当たりの部屋(おそらく、そこに祭壇があるらしかった)の開いている引き戸の向こうに見える父の背中を見ていた。父は、背中を丸めて立っていた。僕はその背中を見て、「父に優しくしてやらなければ」と思っていた。

 そうだ、きっと、僕が見たのは父の葬儀なのだ。別に確証もないし、夢分析の技術も持ち合わせていないけれど、僕はおそらく、祖父の葬儀ではなく父の葬儀を見ていたのだ。すると、猫背の男は、あれは僕だったのか?

 それはともかく、僕は夢の中でいろいろな事を考えていた。「死者を忘れないことが、死者に対する最大の弔いだ、だから人間は位牌を作り墓を立てるのだ」とか「自分の葬儀はどのように取り仕切るべきなのか、無宗教な僕だが、死んだら生者の都合を優先してもらう方がいいよなあ、家族が満足する形であれば豪華な式でもただ燃やすだけでもどっちでもいいや」とか「坊主はあんな念仏で高い金をとるんだなあ、ぼったくりだぞ」とか「しかし、こういう風に伝統に沿って葬式を進めるのが一番楽なんだろうな、先例に逆らうのはなにかと大変だ」とか……。実にとりとめのないことばかりを考えていた。

 しかしあれだな、よく「夢というものは、どんなに長いものでもほんの数秒で見ているものだ」って説を聞くけれど、あれってホントかね? だって、僕の夢ってヤツは、どう考えてもダラダラと時間をかけて見ているような気がするんだよなあ。消し忘れたテレビの音とか、夕方を知らせるチャイムとか、家族の話し声とか、そういうものも小道具に取りこみながら夢が進行しているってこともあるし。場合によっては、ある程度の時間的な幅をもって夢を見ているとしか思えないケースもあるもん。それとも、間欠泉的に夢を見ているのだろうか僕らは? 眠りの切れ間に、脳髄からドーっと夢が噴き出してくるような。

 そう言えば、最初の子供が生まれる前に、印象的な夢を見た。僕が、4歳くらいの女の子と、2歳くらいの女の子と話をしている夢だ。その夢を見た朝に、彼女に「生まれてくるのは女の子だなあ」と話した。で、案の定、僕には2人の子供が生まれたわけだ。
 もちろん、単なる偶然かもしれない。偶然ではないのかもしれない。でも、いずれにせよ夢には不思議な力があるように思われる。

 「夢を見るのはほんの一瞬」という説が正しいとすれば、覚醒しているときよりも夢を見ているときの方が、ある意味では頭の回転速度は速いと言えるだろう。
 よく、「刑事(デカ)のカン」ってドラマであるよな。あれって、長年の経験が意識下で高度に組織化されて、それでほんの少しの情報がその回路に入っても、すぐに適切な結論が出るってことじゃないかと思うのだ。であれば、夢の回路も、それと似ているのかもなあ。グダグダばかりの僕であっても、一応30年以上は生きながらえているわけで、それらがどこかに蓄積され、互いに関連付けられていて、で、ふとしたはずみでその回路が目を覚ますと、パパッと夢が火花を散らして立ち現れる、なんて風に。

 ま、あんまり突き詰めちゃうと、トンデモ科学者になっちゃいそうなんで、このへんにしておこう。「と学会」の本を読むのは大好きだけど、あれに掲載される方はちょっとイヤだし。


 さて、早朝に目が覚め、つい今しがた見た夢を忘れないように、手近にあったメモ帳に殴り書きしてから、もう一度布団に入った。で、次に起きたのは昼過ぎ。このところは規則正しい生活ができていたのに、ちょっと気を抜くと(今日は彼女が直行で、家を出る時間が遅くなってもよいということだったので、子供たちの保育園への送りをお願いしてしまったのだ)すぐにこのありさまだ。
 とりあえずパソコンを立ち上げ、仕事にかかる。今日やらなきゃいけない仕事は、なんと「職務経歴書」作りだ。ある情報誌の仕事で、「職務経歴書の書き方」という趣旨の記事を担当していて、そこに掲載するためのサンプル経歴書を作って編集者に見せなくてはならない。
 なにしろ、これまでちゃんとした就職活動を一度もやったことのことのない僕としては、職務経歴書を作るだけでも大変な作業。その上、職務経歴書の見栄えを整えるためには、ワープロソフトを使わなきゃいけない。これが辛い、辛い。

 仕事で使うのは、たいがいMacだ。それも、エディタを使って原稿を書く。ワープロソフトなんてかったるくて使ってらんない。たまに、凝った企画書を作るときにはDTPソフトを使ってるし。
 ところが今回は、普通のビジネスマンが作るような職務経歴書を作らなくてはダメ。なので、仕方なくWindowsマシンにインストールされている「ワード」を使う羽目になった。これが、超使いづらい。よくこんなソフトを、世の中の人たちは使ってるもんだよなあ。5分ごとに腹を立てながら、仕事をした。
 ホントに今日は、辛い仕事をした日だったなあ。


 ところで、皇太子妃のご懐妊騒ぎ、あれ、別に関心もないんだけどさ、でも、あの皇居前で張りこんでるマスコミ連中、あれはどうなんだい? 皇太子妃ってトキじゃないんだからさあ、あんなに取り囲んでフラッシュ焚いたり照明当てたりして、ありゃあ失礼過ぎるよ。それで「雅子様にはお身体を大切にしていただきたい」とか言ってるからなあ。「自殺しようと思って手首にカミソリを当てたけれど、カミソリの刃が汚れていたのでバイ菌が入るといけないと考え、自殺を止めた」みたいな論理だ、ってわかりづらいか。
 マスコミって、ホントバカだよなあ、で、それを支持しているのが僕たちバカな国民なんだよなあ、と、再び議会生民主主義とか衆愚政治とかに思いを馳せたりしちゃいましたぜ、ダンナ。

1999年12月20日

ニフティの掲示板が消えた

 保育園の「父母の会」のホームページには、掲示板を用意している。ところが、先日、この掲示板が消えてしまった。
 確認したわけではないが、どうやら旧来の「メンバーズホームページ」サービスから「アットホームページ」に変えた際に、掲示板も消えてしまったらしい。

 すぐに掲示板を復旧させようかとも思ったが、なにしろ、父母の会のサイトは全然アクセスがない。告知不足なのか、それともインターネットに頻繁にアクセスする父母が少ないのか、あるいは関心がないのか……。
 ともかく、面倒なのでいまだに復旧させていない。だって、掲示板作ったって、だれも書きこまないしなあ。なんか、無力感。

2000年01月01日

な~にがミレニアムだっつうの/リニューアル、続き

 テレビをつけると、「ミレニアム」って単語の連発。なんだい、そりゃ? 僕が使っているMacもWindowsマシンも、「ミレニアム」なんて単語、一発で変換できなかったぞ。
 確かに、今年は西暦で言うところの2000年だ。2000年の1月1日。めでたい。でもさ、それがどうしたんだっつうの。1999年の次には2000年がくるし、1月1日のあとには1月2日がやってくる。そして毎日は続いてく。そういうものだろうよ。
 雑誌、特に「情報誌」と呼ばれる場所で仕事をしている人間としては、みんなが大騒ぎをしていたらいっしょになって騒ぎ通すべきだと思う。それが芸人根性って言うか、雑誌屋の心意気ってもんだろうな。
 でも、やっぱり僕はイヤだ。


 さて、昨年末にトップページをリニューアルしたのだが、どうも出来栄えに不満。さらに変更を重ねる。
 でも、ウェブってのは表現が限られてるんだなあ。特に、フレームを複数使おうとすると、画面サイズ(できれば800*600サイズでも見られるようにしようと思っているのだが)の制限が重くのしかかってくる。それから、個人的にはFLASHとかSHOCKWAVEとかも使ってみたいのだが、でもなあ、一方でテキストオンリーの軽いページにも良さはあるし……。悩むものなんだなあ。
 今度ウェブデザイナーと話す機会があったら、いろいろと聞いてみよう。


 昼夜逆転の生活リズムとお屠蘇(といってもビールと白ワインだが)、そして「トルネコの大冒険2」のおかげで、すっかり脳みそツルツル状態。

2000年01月02日

Macで見るとヘボヘボ

 このサイトは、IBMの「ホームページビルダー」を使い、Windowsマシン上で作っている。一方、僕は仕事ではMacを使うことが多い。WindowsとMac、どちらが好きかと言えば、もう完全にMacの方なのだ。インターフェイスのデザインから、マイコンピューターとかマイドキュメントみたいな「マイなんとか」っていう名付け方(「マイカー」とおんなじ感覚だ。ダサダサ)まで、Windowsの感性ってのはどうも僕には合わない。

 ところが、僕の持っているMacは、5年前に買った7100/80AV。PowerMacの第一世代だ。一方、Windowsマシンは、Celelonとはいえ、333MHZ。ビデオカードなどの能力も全然違う。なので、たまにMacでネットサーフィンなんかした日にゃあ、Windowsマシンのスピードに慣れた僕には、あまりの遅さが身に染みる。思わずマウスを投げつけてしまいそうになるくらい、イライラしちゃうのだ。

 こりゃあ早いとこG4Macを手に入れて(その前にローンの繰上げ返済をしなきゃいけないし、さらにそれ以前に、グダグダばっかりしてないで仕事頑張んなきゃいけないんだけど)、MacOSに復帰したい、そう思ってるところ。でも、そうするとウェブサイトはどうやって作ろうか……?
 HTMLのタグを自分で書くなんてかったるい。でも、Mac用のHTMLエディタ(DreamweaverとかPageMillとかか?)をわざわざ新規購入するのもバカバカしいしなあ……。それに、ホームページビルダーの操作にも慣れてしまった。……、あ、Virtual PCとかをインストールして、Mac上でホームページビルダーを使うって手もあるか、ってそれじゃ本末転倒だ!
 いずれにせよ、MacとWindowsが混在することで面倒なことは多い。いっそのこと、みんなLinux環境にするってのも、それはそれで手間が掛かりそうだし。

 というわけで、このページはMacで見ると、多分ヘボヘボだ。スタイルシートとかを使えば、ちょっとは違うのかなあ?

2000年01月07日

ゲームが入り口/ルールとマナー・常識家の僕/城のスペイン移籍

 14日までに書けばいいと勘違いしていた原稿が、実は7日アップだったことが判明。6日の朝からあたふたと取り掛かり、7日の朝までになんとか書き上げる。


 睡眠不足の目をこすりながら、昼過ぎに新宿へ。電車内で「Number PLUS 第4巻~競馬 黄金の蹄跡」を読んだ。

 僕が競馬を見るようになったきっかけは、ゲーム「ダービースタリオン」だった。名作ソフト「ベストプレープロ野球」が大好きだった僕は、同じ人(言わずと知れた園部博之氏、っつうても当時は全然知名度低かったと思いますけど)が作ったゲームがあるということで、暇つぶしに買ってみようかって思ったのだ。競馬なんて全然興味なかったし、ギャンブルが好きだっつうこともなかったんだよな。
 ところが、プレイしてみると面白い面白い。聞いたことのある馬の名前は、せいぜいシンボリルドルフとミスターシービー、そしてハイセイコーくらい。「ハイペリオン」や「ナスルーラ」や「グレイソブリン」や「ネイティブダンサー」や「ノーザンダンサー」、あるいは「ノーザンテースト」や「リアルシャダイ」や「マルゼンスキー」や「サクラユタカオー」、そんなところも知らない僕だったのだが、見事にハマってしまった。当時半同棲状態だった彼女の部屋で夜中ずっとダビスタをやり続けて、「ここは私の部屋なのよっ、ゲームばかりされるとイライラするっ!」なんて深刻な喧嘩をしてことも何回かあるったなあ。

 競馬に興味を持った僕が手始めに買ったのが、ダビスタの攻略本。次は、Numberの競馬特集号。やがて、「Gallop」などの専門誌を買ったり、週末の競馬中継を見るようにもなった。今では、メジャーな馬の名前くらいは把握している僕だ。馬券は買わないけど。

 今競馬場に通っている30代以下の男の中で、こういうヤツって意外と多いんじゃないかと思う。昔からのファンは、「けっ、ダビスタ上がりが」なんて思ってるだろうけど、でもこういう入り方もOKなんじゃないのかなあ? 他にも、「サカつく」から入ってサッカーファンになるとか、「グランツーリスモ」で気に入った車を、実際に買ってみる、とかさ。
 (余談だけど、マンガには多いパターンだよね。「哭きの竜」読んでマージャン始めたり(で、雀荘とか友達の部屋で「ふっ」っとか言ってたりするんだ。くえぇ~っ、迷惑だなあ~)、「美味しんぼ」読んで料理に凝りはじめちゃった知り合いは多いもん。)
 優れたゲームってのは、この世の中に存在するいろいろな楽しみを、手軽に体験させてくれる。だから、ゲームを入り口にしてある分野にのめりこむって流れは、全然アリだと思うんだよな、僕は。

 なので、願わくばNFLファンの僕としては、「テクモスーパーボウル」(でなくてもいいんだけど)の続編のリリースを、切に願っていたりするのだが。


 新宿での取材は16時過ぎに終了。南新宿の紀伊国屋書店に寄って、仕事のための資料と、「Number PLUS 第5巻~格闘者 魂のコロシアム」(文芸春秋社)、「浅草キッドの芸能界地獄の問題集」(浅草キッド/青心社)、「笑芸人」(高田文夫編/白夜書房)を購入。「笑芸人」はどこの本屋に行っても売り切れだったし、「浅草キッドの……」なんかは、もう絶版になったと思ってたのに、どちらも入手。さすが紀伊国屋だ。

 しかし、紀伊国屋書店のあたりって、どうしても南新宿って言っちゃうんだけど、地理的には代々木だよなあ。住所的にも、JR新宿駅南口を出て甲州街道を渡ると、すぐに「渋谷区代々木」だしさ。

 帰りの電車の中では、「電脳農奴解放ジャーナル Vol.2」を読む。


 友人のIさんが作っているサイトで、「ルールとマナー」というテーマの文章が掲載されていた。実は、僕も偶然、ちょっと前に同じテーマで考え事をしていたのだ。
 僕が考えていたのは、例えば高速道路で時速100kmで走るのがルール、時速120kmで周りの流れに逆らわず乗るのがマナー、なんてことだった。現代日本、特に都市部で心地よく生活するためには、ルールよりむしろマナーが大切、なんていう、極めて常識的な発想。
 ところが、Iさんの方が考えていたのは、さすがに一味違う内容。

 僕は基本的に、常識家なのだ。でも、それではいかん。やっぱり、僕も、人と違うことを考える訓練をしなくちゃいかんですなあ。


 マリノスの城がスペインリーグへ移籍。活躍できるといいけどなあ。
 日本人のMFは、多分世界に通用するはず。中田はもちろん、名波だってちゃんとやってるし、小野も中村俊輔も、あるいは稲本や伊東輝にしたって、全然やっていけると思う。DFにしたって、何人かの選手は海外のリーグでもやれるんじゃないのかな。
 でも、FWはどうなんだろうなあ?
 これで城が成功すれば、ホントに日本のサッカーって、ひとつの壁を突き抜けられると思う。ぜひ頑張って欲しいなあ、城には。

 ただ、城には2つの不安がある。1つは、わずか半年だけの契約ってところ。前園がブラジルに行っても、契約期間の短さやレンタル移籍という形態が不利を招いた。城も、スペインで「お客さん」扱いされないといいんだけど……。
 もう1つの不安は、城が周囲からの後押しを受けて海外に出ること。もちろん、それはそれで素晴らしいことでは有るんだろうけど、でも、中田があれだけの結果を出したのは、あるいはメジャーリーグに行った野茂や吉井、伊良部が活躍できたのも、彼らには帰る場所がなかったからだと思うのだ。「日本にはもう戻らない、戻れない」という意識が覚悟につながったからこそ、あれだけ働けたのではないのかなあ? だとすれば、城、大丈夫なのか?

 とりあえず、1週間か2週間以内に、城は試合に出る雰囲気だ。ぜひその試合を見てみたいな。

2000年01月12日

憲法第九条/Java/SPA!と鉄腕DASH!

 『通販生活』を読んでいたら、「憲法第九条」特集を見つけた。綴じ込み付録では、日本国憲法の全文が紹介されている。
 せっかくなので、第九条をここに引用しておこう。

第二章 戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2) 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 なるほど。
 これはこれだなあ。確かに、この条文は立派なものだと思う。ものすごく毅然とした、立派な態度だと思う。
 「非武装中立」という理念は素晴らしい。暴力や戦争は忌むべきものに間違いないのだから。

 でも、今の僕は、この条文にはやはり賛成できない。

 小さいころから僕は、自分のことを馬鹿にされるより、自分の親や妹を馬鹿にされる方が何倍も辛かった。今も、例えば自分が飢えることよりも、自分の子供が飢えることの方が何倍も辛いだろうと思う。
 だから、もし僕が守るべき人を持たない立場なら、「日本は今日から完全非武装です。北朝鮮やロシアや中国やアメリカや、あるいはオウムや過激派連中が武器を引っさげて攻めてきても、暴力反対っていう理想のもと、喜んで死にます」ってメンタリティもあり得るかもしれない。でも、誰かが理不尽な暴力をふるい、それによって自分の妻や子供たちが殺されたりするのを見るのは、やはり耐えられない。

 ということで、僕は、国防のための最小限の軍隊を持つことは、現時点では仕方がないと思っている。そして、その軍隊を、国防という目的のために機能的に動かすためには、ある程度の法整備をしなければならないとも思っている。だから、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という一項は、修正しなければならないだろう(そして、いわゆる「有事法制」も、なるべく早く整備しておくべきだ)。

 ただ、「国際情勢は、常に武力を背景として動いているのだ」なんて、したり顔で解説を加えちゃう、自称「マキャベリスト」あるいは「現実主義者」の輪に加わる気もない。彼らは、常に砲弾の届かないところで安穏と暮らしている傍観者に過ぎない。最前線で実際に血を流している人間にしてみれば、絶対安全地帯から高みの見物を決め込む彼らは、最も卑怯な存在なのだろう。
 現実は、確かに理想通りには進まない。でも、理想に近づこうとする意思がなければ、現実はますます理想から遠く離れてしまう。

 例えば、戦争が起こる前にそれを防ぐ方法はたくさんあるだろう。軍縮、集団的自衛権を中心とした同盟関係の構築、各国が国連軍に一定の軍事力を預託して「中立」な軍隊を作る(完全な意味での中立はあり得ないが、でも運用方法に工夫をすれば一定の抑止力になる)……。
 あるいは、例えば、いろんな国に友達を作ることだって戦争を防ぐいい方法だ。北朝鮮がアブナイ国だと言っても、仮に金日成から一般の兵士まで、全員が何人かの日本人の友人を持っていたとすれば、戦争を仕掛けられる確率はかなり低くなるはずだ。

 要は、現時点で必要な最小限の兵力は持とう、と。その上で、外交や国連システムの整備、民間レベルの交流をきっちりこなすことを忘れないこと。この両輪を同じに動かすことが大切だと思うのだ。

 現実を離れた政治はあり得ない。しかし、理想を忘れた政治は救いがたい。現実を正確に把握し、理想をきちんと提示し、そしてその間に横たわる道をデザインするのが政治家だと思うんだよなあ。


 トップページに、JavaScriptを使ってみた。と言っても、ほんのちょっとしたところだが。
 さらに勢いに乗って、プロフィールのページの顔写真に、Javaアプレットを使って仕掛けをしてみたのだが、こちらはブラウザがいちいちJavaを起動するのがかったるくなったので、却下。


 「SPA!」の最新号の広告を見た。特集は「僕らの『景気回復なんてウソでしょ』宣言」だそうだ。ひひひ、「SPA!」って相変わらず楽しいなあ(ま、最盛期に比べて多少パワーは落ちてるけど)。
 あと、「鉄腕DASH!」の予告編で、「東京タワーを日時計にする」というような企画が紹介されてた。こちらの目の付け所も、僕は好きなのだ。
 実は、こういう類の日時計に関しては、昔ちょっとした文章を書いたことがある。イメージしていたのは、千葉市のポートタワー。「ポートタワーの影が美術館にかかると、もう日暮れが近いことが知れた」みたいな文章だった。ちょっと懐かしいなあ。

2000年01月13日

掲示板をチェンジ、「仕事部屋」を開設

 会費は払ってたけど、全然使ってなかったニフティサーブに、久しぶりにアクセス。アメリカンフットボールのPC用ゲームの情報が知りたかったのだ。でも、結局欲しかった情報は得られないまま。フォーラムに集まっていた人が、インターネットの方に移動してしまったので、口コミ情報の量がガクッと減ってしまっているのだ。
 やめちゃおうかなあ、ニフティ。でも、仕事でたまに、新聞記事検索とかすることがあるからなあ、IDを失ってしまうのはちょっと考え物だ。しかし、全くニフティのサービスを使ってないのに、会費を払うのも馬鹿らしい。う~む。

 ……というわけで、だったらニフティのサービスをもっと活用しようってことに方針変更。早速、掲示板をこれまで使っていたTeaCupの無料掲示板からチェンジ。また、僕が使っているSo-netではCGIが使えないのだが、ニフティでは使える。そこで、パスワードを設定できる掲示板のCGIスクリプトをダウンロードしてきて、ニフティにアップロードした。

 ところで、以前、保育園の父母会のホームページでCGIを使ったときは、簡単な設定をするにもかなり試行錯誤をしたもんだが、今回はさらっと終えられた。やはり、慣れなんだなあ。

2000年01月16日

父母の会定例会/中田と名波を見る/Linux

 昼過ぎに家を出て、市川市公立父母の会の定例会に出席。各園に配る会報紙を仕分けしたり、来月の会報のネタと分担を決め、2時間ほどで終了。
 最後の方で、『「平日は忙しいから、せっかくの休日は子供と一緒に過ごしたい。それなのに、休日をつぶして父母会に参加するなんてイヤだ」という人って多いよねえ』なんて話になった。そうなのだ。子供を保育園に入れている以上、その親は平日は働いているのだ。しかも、フルタイムで働いていれば、帰宅するのは夜になる。例えば、僕の妻が仕事から帰ってくるのは19時。そこから、子供が寝るまでの間は、どう考えたって4時間以上にはならない。だったら、せめて休日くらいは一緒にいてやろう、そう思うのは人情だ。中には、土曜日も出勤という会社だってある。職種によっては土日が稼ぎ時だってケースもある。そりゃ、父母会なんかに参加するのは大変だ。
 僕はもう、活動を絞り込むしかないと思っている。市との懇談会によって、父母の要望を伝えて行くことを中心にして、あとの仕事は思い切ってなくしてしまう。定例会も1時間程度でサクッと終わらせ、可能ならネット上に機能を移したい。そうして、多くの人が気軽に参加できるような環境にしないと、ますます参加者は減ってしまう。負のスパイラルに落ち込んでしまうのだ。

 とりあえず、父母会の会報に、3ページ分の原稿を書くことになった。会報は全部で4ページなので、4分の3ということだ。ま、一応書くことは本職だし、物理的にはそれほどの負担ではないのだが、締め切りが増えるのは心理的にはツライ。しかも、確か、僕の子供が通っている保育園の「園便り」でも、原稿を頼まれてたなあ。これも、そろそろ書かなくちゃ。だははは、売れっ子だなあ。
 ふ~。


 夜になって、ある原稿の企画が変更になったとファックスが入る。ひええ、締め切りはもう3日後だよ! んな無茶言うなよ~っ、とファックスに向かって一人ごちる。


 日テレで放送されていた「ヴェネツィア対フィオレンティーナ」戦と、フジテレビで放送されていた「ローマ対ヴェローナ」戦を見る。短い時間しか見られなかったが、中田はさすがにまだ、完全にはフィットしてない感じ。1本、左足の惜しいシュートがあったが、キーパーにセーブされてしまった。あれが入っていれば、一気にローマに受け入れられたかも知れないけど、ま、そんなにうまくは行かないか。しかし、1年半前のユベントス戦で2本も決めちゃった、ありゃホントでかかったなあ。カズはセリエAに入ってすぐに鼻を骨折しちゃった。実力ってことよりも、そういうめぐり合わせってヤツで、全然運命って変わってきちゃうんだよね。

 名波は、あんなにいい人だったっけ? サッカーでは、正直じいさんより意地悪じいさんのほうが成功すると思うんだけど、名波ってなんだか気配り君過ぎ。ちょっと心配だ。


 深夜、ふとLinuxをインストールしようと思い、いろいろと作業。でも、どうもうまく行かない。最初は軽い気持ちだったのだが、うまく行かないとだんだん意固地になってくる。
 とりあえずLinux本を一冊買い、さらにハードディスクを増設しようかと思う。
 ん? 俺ってこんなに凝り性だったのか?

2000年01月18日

またもゆりかもめ/Linuxをインストール

 午前中に、某人材派遣会社で取材。ホントに、大手の人材派遣会社ってのはどこに行っても、なんと言うか、ちゃんとしている。みんな物腰が丁寧だし。今日も、取材が終わり、フロアの奥の方に会った会議室から入り口へと向かおうとすると、取材とは全く無関係な人まで「ありがとうございました」と、笑顔で挨拶してくれた。ちょっと恐縮してしまったっすよ。

 予定の時刻より早めに取材が終わり、次の取材先へ移動。ところが、俺がまた地下鉄の乗り方を知らないんだよなあ。東西線の竹橋駅から日本橋で銀座線に乗り換えればいいのに、何を思ったかわざわざ都営浅草線に乗ってやがんの。新橋駅について、ようやく「あ、銀座線で良かったんだ」と気がつくという間抜けぶり。
 大体が、取材やら打ち合わせやらでいろんな所に行ってるんだから、いい加減、電車の乗り方くらい覚えろっつうの。そりゃまあ、今は千葉県民だけどさ、ちょっと前まではずっと都内に住んでたわけだし。昔は良く乗ってたはずの丸の内線、都営三田線、有楽町線あたりだって、もう既に怪しい、と言うか、すっかりあやふやなのだ。ったくなあ。

 次の目的地はゆりかもめの竹芝駅。余裕を持ってアポを設定していたため、1時間ほど時間が余ってしまった。そこで、新橋駅でお台場まで行ける切符を買う。
 ゆりかもめは、楽しい。倉庫街の中にそびえたつ真新しい高層ビルを眺めていると、東京も悪くないじゃない、なんて思っちゃう。緑色に光る海も、気分を良くしてくれる。高速道路と平行に走り、横を走るタクシーやトラックの様子をじっと見ているのもいい感じだ。ゆりかもめはいい。
 僕は、地下鉄の何倍もバスが好きだ。暗くてうるさいトンネルの中で息を詰めているよりも、多少時間がかかっても、外の景色を眺めながら走って行くバスの方が絶対に楽しい。でも、ゆりかもめから見える景色は、もっといいもんなあ。

 お台場海浜公園駅で降り、砂浜に出る。暖かい。ちょうど昼時で、近くの建築現場で働いている作業員が、何人も弁当を広げている。コカ・コーラを買って(ホントはビールの気分だったが、さすがに仕事前だからなあ)、木製のプロムナードの端に腰を下ろす。かもめが砂浜に集まっていて、小さい子供が走り寄ってくるたびに、のんびりと低空を滑るように飛んで行く。どういうメカニズムでこの流線型の生き物は、こうして空を飛んでるんだろうなあ、などと不思議な気分に。
 のんびりと海を見ながら、iモード端末から友達にメール。

 近くの小さな桟橋から、黄色い水上バスが出ていた。船腹には「BAY TREKKER」の文字。気分が良くって、ビートルズの「デイ・トリッパー」を歌いながらしばらく歩く。やがて、フジテレビの脇をすり抜け、お台場駅に到着。ちょうどやってきた上りのゆりかもめにのって、取材先へ向かった。

 昼過ぎから竹芝で取材。取材相手の方がとても気持ちのいい方だったし、ビルから見える景色も気分を良くしてくれたので、調子よく取材完了。そのビルの最上階にある展望台でしばらく景色を楽しむ。その後、トイレに入ってみると、乳児用のオムツ替えスペースが男性トイレに設置されているのを見て、すこし感心。このあたり、新しく作られたビルという感じだ。

 しかしこのウォーターフロントって、楽しいなあ。フジテレビの「お台場はカッコイイ」キャンペーンに辟易はしてるけど、でもやっぱり楽しい。ま、地震がきたら一発でオシャカだろうから、住むのはちょっとイヤだけど。


 途中秋葉原に寄る。アメリカンフットボールの面白そうなゲームでもないかと探したのだが、ピンとくるものナシ。日本語版のアメフトゲームは限られてるし、輸入版もなんだかちょっとという感じ。願わくば、「アメフト版ベストプレープロ野球」みたいな、シミュレーション性の高いゲームが欲しいんだけど、ないんだろうなあ、やっぱり。


 家に戻る途中で、子供たちを保育園からピックアップ。
 妻が帰ってきてから、この数日手間取っていたLinuxのインストールにかかる。試行錯誤の後、ようやく成功。ただし、まだインターネットには接続できず。仕方なく、パッケージされていた「上海」をやってみる……、ってこんなことやるために苦労してインストールしたのかっ?
 ま、Linuxの使い方はボチボチ覚えて行こう。


 ところで、ギリシアにいる前園真聖選手がまたチームが決まらない状態だそうだ。もう、いい加減にしてくれよ。こんなに長い間試合から離れるんなら、Jで頑張った方がいいじゃないか。ふんとにもう。前園にも意地になってる部分があるんだろうけどさあ、にしてもなあ。

 城は城で、「夢のピッチに立てて感激した」なんてコメントしてたらしいし。おいおい、スペインのピッチに立つことが夢だったのかよ。そこで活躍することが夢だっていうならわかるんだけど……。どこに行っても、常に戦うことを考えていたであろう中田とは、全然心持ちが違うんでないの? ちょっとガッカリしたなあ。

2000年01月25日

JavaScriptで遊ぶ/デリック・トーマス重体?

 長女は今日も保育園を休み。しかし、昼過ぎに熱を計ると37度前半まで下がってきた。食欲も出てきたようで、ひと安心。ビデオの前に長女の布団を敷いてやって、仕事を進める。


 夜になって、JavaScriptを使っていろいろ遊んでみる。Javaなんて全然わからない僕だが、ソースを見ながら試行錯誤しているうちに、なんとなくなんとかなりそうな気がしてくる。
 このところ、友人のライター仲間が頻繁にウェブサイトにアクセスしてくれる。それを励みに、CGI掲示板を設置したり、JavaScriptに手を染めてみたりする毎日だ。


 深夜1時過ぎに、「Sports-i」のメールマガジンが着信。その中に、「チーフスのLBトーマスが運転中の事故で重体」という見出しを発見。えっ、あのデリック・トーマスだよな、これ? 軽いショックを受け、しばらくウェブで関連記事を探す。

2000年03月03日

ひな祭り/プレステ2発売前日に、早くも行列/ディレクTVの行方

 ひな祭りなのだそうだ。娘が2人もいるのに雛人形を買う気などちっともない僕ではあるが、とりあえず朝食の横にひなあられなど置いてみたりする。


 明日はプレステ2の発売日。秋葉原では、すでに行列ができているらしい。まあ、予想はしていたが盛り上がってるみたいだなあ。
 僕は、昨年3月のプレステ2正式発表の時点では、ひどく興奮した。友達に「プレステ2は凄いぞ!」と言いまわったりしてた。ソニーの株価もチェックして、「やっぱりソニーは上がった」なんてはしゃいでたもんだ(ちきしょー、投資信託でもいいから買っときゃ良かった)。
 でも、今はなあ。もうはしゃぎ疲れたって感じ。とりあえず、月産50万台のペースで市場に出回るわけだし、無理して初期ロットを買う必要はないな。不良品が減って、「実況パワフルプロ野球」と「実況ワールドサッカー」、「グランツーリスモ2000」が揃うまで待とうっと。


 それより、今心配しているのはディレクTVの行方だ。スカパーへの吸収合併が報じられてからこっち、ずっとやきもきしている。
 僕がディレクTVに加入したのは、ウチのベランダに設置できるアンテナが、ディレクの衛星の方角にしか向けられなかったから。その問題さえなければ、そりゃあ、僕だってスカパーに入りたかったよ。
とりあえず、ディレクは無償でスカパーに移行できるよう取り計らうらしいけど、その場合、現在の衛星は利用しつづけられるのかしら? もし利用できなくなるなら、マズイよなあ……。NFL(今はオフシーズンだけど)もサッカーも見られなくなるのは痛い。
 一体どうなるんだろうねえ。

2000年03月05日

父母会の臨時総会、不成立/プレステ2発売/愛国心

 今日は、保育園の父母会の臨時総会。ところが、定刻に集まったのはわずかに3人だけだったらしい。そのうち1人は僕の妻で、1人は来年卒園してしまう園児のお母さん。委任状も定数に足りず、結局総会は不成立。
 ……。
 こんなものなんだろうかな。

 父母会っていうものは、なにも「絶対にないと困る」というものじゃない。父母会が存在することで享受できるメリットと、父母会というもののわずらわしさを天秤にかけて、わずらわしさが勝ると言うのならやめてしまえば良い。

 もしうちの保育園の父母会がなくなるということになったら、市川市公立父母の会で僕が活動する意味もなくなるなあ。


 予想通り、プレステ2は売れているらしい。発売2日で、100万台。
 いまだに60万台しか出てないドリームキャストは、ツライだろうなあ。ゲームクリエイターにインタビューしてみると、マシンとしてのドリキャスは評判いいんだけど……。MacとWindowsとおんなじことで、この世の中には規模の経済というものが存在するんだよな。


 最近、愛国心というものについて、たびたび考えている。
 僕が日本に対して愛情を持てないのは、結局のところ、愛情を持てる日本人が少ないからなのかも知れない。特に、想像力に欠けた人が多いことに、ひどく苛立つ。

 もちろん、人ってのはもともと想像力の乏しい生き物だ。例えば、5000人以上を殺し、百万人の生活を破壊した神戸の大震災。僕の友達や知人の何人かが震災を体験し、僕も話を聞いた。もちろん、テレビや新聞などの報道も見ている。でも、結局僕は、いまだに緊急持ち出し袋を用意してはいない。きっと、多くの人がそんなものだろう。自分が経験したこと以上のことを想像するのは、難しいこと。

 しかしなあ。そうは言っても、それでも想像力に欠けた人が多すぎる。政治家や高級官僚は3年以上先のことを考えられず、医療ミスを犯したことをひた隠しにする病院は患者の気持ちを思いやることができない。プロ野球界のお偉いさんは目先のペナントとテレビの視聴率・新聞の売上げしか目に入らず、犯罪者たちは自分の欲望を満たすために他人を意のままにしようとする。

 仕事で出会う人だけを見れば、好きになれる人の割合、多いんだけどな。特に、文章や写真やイラストや、ゲームソフトや陶器や農作物などを、自分の手で作ることを生業にしている人は、かなり高い割合で好きになる。

 あれかな、想像と空想は違うものなのかな。自分でモノを作る人は、空想はしないのだ。空想だけでは、いつまで経ってもモノはできあがらないから。完成形をイメージし、そこに向かって段階的に考えを進めて行く。その作業を想像と、僕は呼びたいね。

 僕がこうして政治がどうのなんてページを作り、保育園に関する活動をかじってみてるのも、想像力のない人たちへの苛立ちが原動力なんだよな。一方で、想像力のない人たちに囲まれていることに、徒労感を覚えることもあるんだけど。
 政治ってモノには、絶対に想像力が必要なんだよ。5年、10年、20年先の社会はこうあるべきってビジョンがあり、そこと今の社会をつなげるためにはどういう方法を取ればいいのか、具体的に考える能力が。でもさあ、そんな政治家の姿、あんまり見たことないじゃない? たまにいたとしても(かなり昔の小沢一郎氏みたいにね)、その人が提示する社会は、僕にとって魅力的じゃなかったりするし。

 話があっちこっち言ってるけど、結局のところ、僕はこの国の人が、今のところ、あまり好きじゃないのかも。で、それは、この国の人には想像力が欠けたところがあるから。

 しかし、僕にとってこの国は、暮らしやすい条件を持っていることも事実。だから、この国の人が想像力を持ってくれるようになれば、いいんだけどなあ。

 想像力を持つためには、いくつかの条件があると思う。想像するための材料を持ち、そして想像する機会を多く持つこと。
 先日「政策」のページに「徴官制」ってテーマだけを書いたのだが、それも発想はそんなところにあったりする。


 ん~、今日は煮詰まったなあ。

2000年03月10日

Windowsマシン、ようやく復旧/G4Mac購入

 3月6日にWindowsマシンをフォーマットしてしまったのだ。苦労してインストールしたLinuxだったが、やはり現時点では、僕がLinuxを使う機会は少ない。そこで、Linuxの入ったパーテーションを削除しようとしたのだが、どうにもうまく行かない。そこで、いっそのことハードディスクを全部フォーマットしちまえっつうことになったのだ。
 ちょうど、原稿の締め切りなどが重なって、復旧作業は遅々として進まなかったのだが、ようやく今日になって復旧。ホームページビルダーも再インストールし、この「ノート」を久しぶりに書いている。


 ところで、水曜日に新宿で取材をしてきたついでに、G4Macを購入。128MBのメモリとSCSIカードも同時に買った。今使っている7100は、子供のオモチャ行きか、あるいはMKLinuxを入れてサーバーにする予定。

2000年03月11日

恐る恐るのMacOS

 昼過ぎにG4Macが到着。早速セットアップする。メモリを増設し、SCSIカードを挿すが、MOとMacを接続するケーブルがないことに気づく(これまでのMacのSCSIコネクタと違ってたのだ)。夕方になって、近所の電気屋でケーブルを購入。ついでに、「ゴリラーマン 11、12巻」とNumberを購入。しかし、帰路自転車がパンクして閉口。

 ネットに接続できるようになったところで、アプリケーションをインストール。しかし、「ノートンユーティリティ」など、いくつかのソフトウエアはインストールに失敗。やはり、OS9に対応できてないんだろうなあ。
とりあえず、仕事に必要なエディタなどをセットアップして、今日のところは終了。

2000年03月15日

朝の保育園で/パラパラ/小倉、ジェフへ/日本代表、スコアレスドロー/確定申告

 朝の保育園で、同じクラス(4歳児クラス)に子供を預けているお母さんと立ち話をした。
 彼女は生後5ヶ月の男の子を抱きながら、長女の同級生である4歳の男の子の荷物をセッティングしていた。その隣でウチの長女は、いつものように自分で荷物をセットしている。で、その様子を見て、「○○(長女の名前)ちゃん、ホントにしっかりしてますねえ」なんて誉めてくれたのだ。僕は「この年齢の子供は、男と女での成長の度合いが全然違いますからねえ。ホント、いろいろやってくれて助かりますよ。ま、オヤジが何にもしないからってのもあるんですけど(^^;」と答え、しばらく世間話。すると彼女は、「でも、お父さん(僕のこと)が書いてたみたいに、2人目の子供はやっぱり楽ですよねえ」と言ってくれた。1ヶ月くらい前、保育園の保護者向け月報紙に載った僕の文章(1月23日「ノート」参照)を覚えてくれてたのだ。
保育園のホームページを作り、保護者閲覧用のファイルを作り、いくつかの文章を書いてみたのだが、あまり反応がなくてかなりさびしい思いをしていた僕としては、ちょっと嬉しい瞬間だった。


 飯を食いながら、CSの音楽番組を見ていたら、TWO∞MIXの「NAKED DANCE」という曲のクリップが流れてきた。この中で、3人のおねいちゃんがパラパラを踊っていたのだが、それが実に、なんと言うか、間が抜けていた。
 多分この間抜けさって、パラパラという踊りが完全にズブシロ(ズブの素人)向けチューンを施されたダンスだからなんだろうな。
 基本的に、舞台やテレビ、映画で見ることができるダンスってのは、プロが自らの抜きん出た技巧と運動能力を見せつけるためのものだったりする。観客は、演者の研ぎ澄まされた運動神経と、信じられない動きを生み出す筋肉と、そして細かな表現を可能にする洗練されたテクニックを見て驚嘆するわけだ。
ところが、パラパラ。こいつは、そんな小難しいものは要求しやしない。単調で動きの乏しいステップ、ひどくチープで妙に記号的な(「音楽手話」にテイストは近いぞ)上半身の振り。ちょっと運動神経が切れている小学生だって、一所懸命頑張れば何とか覚えられるレベルだ。
 そう、これってコンセプトとしてはフォークダンスだよな。簡単でゆっくりとした動きを覚えれば、誰でも簡単に楽しめるっつう意味では。だからこそ、いまだにパラパラの講習会に人が集まって、ジャリ向けのクラブでパラパラを踊る奴が引きもきらないんだろう。(予断だが、僕はパラパラを見るといつも、沖田浩之が「竹の子族」をやってた時代の踊りを連想しちゃう。あと、オウム真理教の踊りも。)

 別に、パラパラ自体はいいと思うんだよ。今風な味付けをしたフォークダンスで、みんなが楽しんでいるというのは。俺だって、そういう場に行って、そうゆうノリになったら、踊っちゃうと思うし。たださあ、それを舞台やテレビに乗せて、「私はプロでござい」って人が現れると、それってちょっと違うんじゃないのかいって思うだけ。
 だってさあ、プロのビリヤード選手ってのはアリだけど、プロのゲートボール選手ってのはナシでしょ? (あ、でも、ジャグラーとかけん玉のプロなんてのは微妙なラインだなあ……。)プロになるのにたいした手間もかからず、また、その技術をあんまり見たくないって意味では、ゲートボールプロとパラパラプロっておんなじじゃねえのかな?
 MAXみたいに、パラパラテイストのダンスを踊る(ただ、彼女たちは同時に難度の高い踊りも入れて、プロらしさもアピールすることを忘れてない。さすが沖縄アクターズスクール?)ことで、「(隣のオネエチャン的な)親しみやすさ」を演出するのは、それは演出テクニック的にアリだとは思う。蛇足ながら。

 そうそう、TWO∞MIXの曲が終わった後に、倉木麻衣の新曲のCMが流れていた。しかし、倉木麻衣ってそんなにいいか、売れてるらしいけど? そうだなあ、一言で言えば「本家よりちょっとかわいい、宇多田ヒカルフェイク」。それ以上でもそれ以下でもない。曲を聴いたって、全然引っかかりがない。それに、宇多田ヒカルが持っていた危うさってのが、欠片もない。
 僕にとって、宇多田ヒカルの一番の魅力は、「危うさ」つう部分だ。不安定で、未熟で、鋭さを持っている(それが素なのか、それとも演出なのかはわか