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浦和の試合あたり観客数はJ初年度の4倍に。一方、東京Vは6分の1に激減

【Jリーグ】開幕からの通算入場者数が1億人を突破

 Jリーグは8日、1993年に始まったリーグ戦の通算入場者数が同日で1億人を突破したと発表した。ヤマザキナビスコ・カップや年間王者を決めるチャンピオンシップなどを除き、1部(J1)と2部(J2)の合計8055試合で、1億9816人になった。

(2010年8月8日 msn産経ニュース)

 Jリーグが発足してから、今年で18年目。ついに、通算入場者数が1億人を突破した。
 1試合あたりの入場者数が最も多かったのは、発足2年目の1994年。2万人近い入場者が、毎試合スタジアムを埋めていた。いわゆる「Jリーグバブル」が起こり、入場券がプラチナチケット化していた時期だ。ところが、そこから転げ落ちるのはあっという間だった。1997年の1試合あたり入場者数は1万人割れ寸前まで落ち込み、しばらく低空飛行が続いた。
 潮目が変わったのは2001年。日韓ワールドカップの前年だ。1試合あたり入場者数は、50%近くも伸びた。そして、その後も着実に動員数はアップ。2007年以降は1万9000人台を維持し、ピーク時に迫る勢いを示している。

 しかし、全てのクラブが入場者数を伸ばしているわけではない。上手くいっているところもあれば、そうでないところもある。そこで今回は、Jリーグ公式サイトの「年度別入場者数推移(J1)」「年度別入場者数推移(J2)」をもとに、2つのクラブの1試合あたり入場者数を比較してみよう。浦和レッドダイヤモンズ(レッズ)と、東京ヴェルディ1969(ヴェルディ)だ。

  J1平均 浦和レッズ 東京ヴェルディ
1993年 1万7976人 1万1459人 2万5235人
J1・10位 J1・1位
1994年 1万9598人 1万8475人 2万4926人
J1・12位 J1・1位
1995年 1万6922人 1万9560人 2万0834人
J1・4位 J1・1位
1996年 1万3353人 2万4329人 1万7653人
J1・6位 J1・7位
1997年 1万0131人 2万0504人 1万0933人
J1・10位 J1・15位
1998年 1万1982人 2万2706人 1万3338人
J1・6位 J1・12位
1999年 1万1658人 2万1276人 9379人
J1・15位(降格) J1・7位
2000年 1万1065人  1万6923人 7609人
J2・2位(昇格) J1・10位
2001年 1万6548人 2万6720人 1万9396人(東京移転)
J1・10位 J1・14位
2002年 1万6368人 2万6296人 1万5128人
J1・11位 J1・10位
2003年 1万7351人 2万8855人 1万7563人
J1・6位 J1・8位
2004年 1万8965人 3万6660人 1万5059人
J1・2位 J1・9位
2005年 1万8765人 3万9357人 1万4716人
J1・2位 J1・17位(降格)
2006年 1万8292人 4万5573人  5705人
J1・1位 J2・7位
2007年 1万9081人 4万6667人  7327人
J1・2位 J2・2位(昇格)
2008年 1万9278人 4万7609人 1万4837人
J1・7位 J1・17位(降格)
2009年 1万9126人 4万4210人  5521人
J1・6位 J2・7位
2010年  1万9165 人 4万3971人  4451人
 -

※赤い地色の部分は、J2での成績・1人あたり入場者数。入場者数の下に掲載したのは、各年度の年間順位

 両クラブとも、1993年のJ発足当初からリーグに参加。いわゆる「オリジナル10」の一員だ。ところが、当時の立場は、今とはかなり違っていた。
 ヴェルディは1993年、初代のJリーグ年間チャンピオンに輝いた。翌1994年にも連覇を達成。そして、この間の1試合あたり入場者数でも1位の座を占めている。人気でも実力でも、抜きん出た存在と言えた。一方のレッズは、1993年、1994年ともに最下位。1試合あたり入場者数でも、1993年は最下位、1994年も下から4番手と下位に甘んじていた。あの頃のレッズは、「リーグのお荷物」と揶揄されるクラブだったのだ。
 しかし、状況はほどなく逆転する。Jリーグ人気が急降下した1995年からの3年間で、ヴェルディの1試合あたり入場者数は半分以下に激減。一方、レッズは1996年、入場者数トップに躍り出た。以後、1999年までその地位を守っている。
 レッズにとって最大の危機は、1999年のJ2降格だっただろう。しかし、1試合あたり入場者数は、J1時代に比べて2割ほどしか減らなかった。それどころか、J2の方が試合数が多かったため、1シーズンの総入場者数では前年を上回ったほどだ。そして、1年でJ1復帰を果たした後は、2004、2005年を除き、入場者数1位はレッズの指定席になっている。
 これに対し、ヴェルディは2005年と2008年にJ2降格を経験。降格後の1試合あたり入場者数は、対前年比61.2%減(2006年)、62.8%減(2009年)と大きく落ち込んだ。つまり、レッズサポーターは降格後も熱い声援を送っていたのに対し、ヴェルディファンの多くは、成績が下降するとともにクラブから離れてしまったわけだ。

 そして、2010年。レッズの1試合あたり入場者数は、1993年に比べて約4倍の水準だ。一方、ヴェルディは1993年の6分の1近くまで落ち込んでいる。
 ここまで大きな差が、どうして生まれてしまったのか?

 通算入場者数が1億人を超えた今日、そんなことを考えてみるのも乙なものかもしれない。

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ジェフ千葉、しばしのさよなら

巻選手移籍会見全文「笑われるかもしれないけど、僕の中ではマンUやバルサと同じ価値がジェフにはある」

「今回、わたくし、巻誠一郎はジェフユナイテッド千葉からアムカル・ペルミの方へ移籍することが決まりました。(中略)最後は笑顔で皆さんにあいさつできればという気持ちでいっぱいです。このクラブには色々と本当にお世話になったと思っているので感謝の気持ちでいっぱいです」

(2010年7月27日 エル・ゴラッソweb版 BLOGOLA)

巻誠一郎選手の移籍が決まりました。

巻は、ジェフユナイテッド千葉にとって特別な選手です。
ジェフにおける公式戦出場回数(269試合)は、
坂本將貴(351試合)、中西永輔(332試合)、
茶野隆行(281試合)に次いで4位。
通算得点数(68点)は、崔龍洙(64点)や
ネナド・マスロバル(53点)を抑えて
堂々の1位となっています。
そして、スタッツ以上に重要なのが、
巻がジェフの「生え抜き」だったことでした。

ジェフは、主力選手の流出を何度も経験しています。
2003年オフの中西、2004年の茶野、村井慎二、
2006年の阿部勇樹、坂本將貴。
そして2007年オフには、佐藤勇人、羽生直剛、山岸智、
水本裕貴、水野晃樹がチームを去りました。
もちろん、よりよい待遇や新しい環境を求め、
移籍を志願した選手もいたでしょう。
しかし、ジェフというクラブへの不満が移籍の引き金になったり、
クラブが功労選手を追い出すケースも少なくなかったと聞きます。
選手を大事にしないクラブ。
そして、選手にも愛想をつかされるクラブ。
悲しいことですが、それがジェフのイメージなのでしょう。

そんななか、巻だけはジェフを見捨てませんでした。
駒大を卒業してから、ずっとジェフ一筋。
他クラブから好条件のオファーを受けたこともあったようですが、
決して首を縦に振りませんでした。
2008年12月28日付け日刊スポーツ記事
千葉巻年俸増断る『環境づくりにお金を』
などから伝わるように、彼は誰よりも
クラブと同僚を大切にしていた選手だったと思います。

思い出に残るプレイもたくさんあります。
2005年のナビスコカップで初タイトルを獲得したときは、
巻が勝利を決める最後のPKを蹴りました。
キックが上手くない巻が5人目のキッカーに出てきたとき、
不安になったスタンドが少しだけざわめいたのが懐かしい(笑)。
奇跡のJ1残留を決めた2008年最終戦では、
0-2で負けていたチームを、巻だけが大声で鼓舞していましたね。
そして、2009年に降格が決まった試合では、
サポーターに何度も謝り、大粒の涙を流し続けました。
彼のプレイを批判する人はいましたが、
人柄や熱意を疑う人は、ごくごく少数派だったはずです。

数多くの実績、クラブに捧げた情熱、
そしてたくさんの記憶に残るプレイと言動。
巻は、疑いなく特別な選手です。
そして、特別な扱いを受けてしかるべき選手だと、
僕は確信しています。

上で紹介した記事によれば、
そんな巻の移籍に際して、クラブの社長はこのようにコメントました。

「どの選手がこのクラブを1番愛しているとかそういう話ではなくて
みんな、このクラブのために一生懸命やろうという風に思って
頑張ってきてくれたし、巻くんも一生懸命、
駒澤大学を出てからこの間、頑張ってきてくれました。
誰がどうのではないと思いますし……(以下略)」

つまり、社長は巻を、ただの一選手だと言っています。
他の選手と大差ない、移籍させても問題ない選手だと言っています。

それはないんじゃないのかな。

ジェフの社長職など、代わりの人材はいくらでも見つかるんですよ。
でも、巻誠一郎に、代わりはいない。
そんな当たり前の事実が、
この社長には全く理解できていないんですね。
最初は頭に血が上り、
その後は、ただ悲しくなりました。

もちろん、ピークを過ぎたベテラン選手の処遇が、
クラブにとって悩ましい問題だということは理解できます
(僕は、巻はまだまだ活躍できる選手だと思っていますが)。
ベテランを放出した方が、長い目で見れば
クラブの戦力アップにつながるケースもあるでしょう。
ただ、それにしても、言い方、やり方というものがある。
「今までご苦労さん。じゃあね」で終わりじゃ、
あまりにも冷たすぎるでしょう。

社長は、こう言うべきだった。
「巻選手は、長い間ジェフの顔であったし、
厳しい時代のジェフを支えてくれた功労者です。
その選手が海外移籍するのは、クラブとしてもつらい。
しかし、巻選手が海外で活躍して名声を高めてくれれば、
クラブにとっても嬉しいことです。
そして、いずれはジェフに戻り、ジェフの一員として
引退してくれることを望んでいます」
で、最後は「1日契約」を結んで、
巻にジェフのユニフォームを着たまま引退してもらえばよかったんです。

クラブへの愛着は「よい記憶」の量に比例すると、僕は思っています。
だから、過去の記憶をバサバサと切り捨てたり、
よい記憶を忌まわしい記憶で上書きするようなクラブは、
いずれサポーター・ファンから見放されるはず。
ジェフは今、そうした道をまっしぐらに進んでいるように見えます。
少なくとも僕は、ジェフを応援する気持ちが薄れている状態です。

ひとまず、プロフィール(書き手について)欄から、
ジェフの名前を消すことにしました。
しばらく、試合を観ることはないでしょう。
そして、ロシアリーグの巻を精一杯応援するつもりです。

心が癒える日まで、さよなら、ジェフ。
いずれ時が来たら、戻れたらいいなと思っています。

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共同募金の金額は13年間で21.5%減少~新手法「自販機募金」に期待

淡路島まつり:支援自販機、洲本に設置 購入で20%寄付/兵庫

 島の夏を彩る、洲本市の「淡路島まつり」をサポートしようと、清涼飲料水製造販売会社「コカ・コーラウエスト」(福岡市)が26日、洲本市役所北庁舎玄関に淡路島まつり支援自販機を設置した。同社の地域貢献活動の取り組み。8月中ごろまでに市内に4台を設置する予定で、販売物の20%がまつりの運営資金に充てられる。

(2010年7月27日 毎日新聞)

 募金で集まる金額が、右肩下がりになっているそうだ。
 社会福祉法人中央共同募金会の資料「昭和22年度~平成20年度募金実績額の推移(総額)」によれば、1995年における一般募金・歳末たすけあい募金の総額は265億8000万円だった。ところが、2008年の募金額は208億7000万円。13年間で、実に21.5%も減った。5月21日付け記事「世帯所得17.6%減って本当?~報道される数字のマジック」でも触れたが、1995年から2008年までの期間に、日本人の1人あたり所得は8.2%減少。募金の減少幅は、これを大幅に上回っている。つまり、不況の他にも「募金離れ」の原因があるということだ。
 Wikipediaの「共同募金」のページでは、募金額が減った原因として、「半ば強制的な集金の手法に対する反感」と、「集金した金の配分額や決定プロセスが不透明なこと」が挙げられている。どちらも、十分に説得力のある理由だ。そして僕は、ここに「助けたい相手の顔が見えにくいこと」を付け加えたい。

 中央共同募金会が集めた募金は、高齢者や障害者、災害被害者など、幅広い人々を助けるために使われる。このこと自体は素晴らしいことだ。しかし、募金する側から見れば、自らの募金がどの人の役に立てたのか分かりづらい。どうせお金を出すのなら、支えたい人、関心のある分野のために使ってもらいたいと思うのが人情だろう。
 その点、上で紹介した毎日新聞のニュースには興味を引かれた。自動販売機で飲み物を買って募金するという方法は、共同募金の弱点を上手にカバーする方法だと思う。自発的に募金ができ、募金額を決定する仕組みの透明性が高く、助けたい相手の姿もはっきりと見える。さらに、飲み物を買うというスタイルは、募金という行為に気恥ずかしさを感じる人にもピッタリだ。

 もう10年以上も前、横浜フリューゲルスが消滅してしまった直後のこと。僕は当時のブログに、「清涼飲料メーカーが『フリューゲルスジュース』を売り出し、サポーターがそれを買えばいいのに」と書いた。ジュースを1本150円で売り、そのうちの50円をフリューゲルスに寄付すれば、2000万本で10億円。横浜市の人口は360万人以上いるから、1人5~6本飲めばフリューゲルスを救えた計算になる(ま、マリノスファンは飲まないかもしれないけど)。
 当時は単なる思いつきに過ぎなかったことが、こうして実現しているのは素晴らしいことだ。

 自販機募金のように、ゆるい気持ちで取り組める募金手段が登場してきたことは、社会にとってとてもいいことだと思う。僕の家の近所に「支援自販機」ができたら、ぜひひいきにさせてもらおう。

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W杯の日本戦視聴率は、3月時点の「関心度」の2.2倍に急上昇

アジア太平洋地域の55%、2010年サッカー・ワールドカップに関心

ニールセン・カンパニー合同会社(本社:港区白金台/ 職務執行者シンディ・シン)は、ワールドカップ南アフリカ大会の関心度についての調査結果を発表しました。アジア太平洋地域で、自分はサッカーファンであると認識している人は28%ですが、一方でワールドカップに関心があると回答した人は55%に上りました。世界的には、自らがサッカーファンであると認識している人が34%を占め、ワールドカップを視聴すると回答したのは51%でした。

(2010年7月7日 ニールセン・カンパニーニュースリリースより)

 上で紹介したのは、ニールセンが今年3月に世界55カ国で実施した調査をまとめたもの。テーマは「2010年ワールドカップへの関心度」だ。
 3月といえば、日本代表が東アジア選手権で韓国に惨敗し、雰囲気が非常に悪かった時期だ。そうした影響もあってか、日本における2010年ワールドカップへの関心度は、たったの26%。55カ国の中で、アメリカ、フィリピンに次ぐワースト3だった。
 しかしご存じの通り、日本代表はワールドカップのグループリーグを見事に突破。決勝トーナメント1回戦ではパラグアイに敗れたが、ビデオリサーチによれば、視聴率は57.3%を記録した。日本代表は、3月時点でワールドカップに関心を持っていた人の2.2倍を、本番で惹きつけることに成功したわけだ。いかに、日本代表の闘いぶりが素晴らしかったか。そして、勝利の味が格別であることが理解できる数字だと思う。

—-

 ところで、調査対象の55カ国のうち、ワールドカップ本大会に出場したのは20カ国。それらの国の「ワールドカップ関心度」と、今大会の戦績(7月7日時点)をまとめてみた。

国名 W杯への関心度 今大会戦績
ブラジル 84% ベスト8
アルゼンチン 83% ベスト8
韓国 76% ベスト16
イタリア 75% GL敗退
ポルトガル 75% ベスト16
メキシコ 74% ベスト16
南アフリカ 69% GL敗退
チリ 65% ベスト16
ドイツ 62% ベスト4以上
スペイン 61% ベスト4以上
ギリシャ 59% GL敗退
スイス 55% GL敗退
イングランド 52% ベスト16
(世界平均) 51%  
オランダ 48% 準優勝以上
ニュージーランド 35% GL敗退
デンマーク 35% GL敗退
オーストラリア 34% GL敗退
日本 26% ベスト16
アメリカ 18% ベスト16

 55カ国のうち、関心度が80%を超えているのは、ブラジルとアルゼンチンの2つだけ。やはり、この両国にとってサッカーは、紛うことなき国技なのだ。しかし今大会は、どちらも準々決勝で敗退。代表が優勝トロフィーを持ち帰るのを信じていたファンは、心底ガッカリしているだろう。これに対し、日本とアメリカの関心度の低さは逆に目を引く。日本は前述の通り、調査時期にチーム状態が最悪だったという背景があったが、アメリカには特段の事情はなかった。NFLをはじめとする4大スポーツに比べると、サッカーの地位は相当低いということなのだろう。ところが、アメリカ代表は今大会まで6大会連続でワールドカップ本大会に出場。そのうち、半分の3回はグループリーグを突破している。関心の低いマイナースポーツなのに、この実績。スポーツ大国アメリカの底力は、やはり凄い。

 さて、あと数時間で、ワールドカップ準決勝2試合目のドイツ対スペイン戦が始まる。この両チーム、国民の関心度では62%対61%と、ほぼ互角。さて、試合内容ではどちらが上回れるだろうか?

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岡田監督への評価は「是々非々」で行うべし

■「岡田監督は名将」報道への違和感

新聞報道などでは、サッカー日本代表の
岡田武史監督に対する評価が急上昇しているようですね。
岡田監督を「名将」と呼ぶ人もたくさんいます。
しかし、僕は岡田監督を「名将」だとは思いません。
長所もあったけれど、失敗も数多くした監督だと考えています。

「名将」という言葉の定義は、人それぞれでしょう。
「偉大な実績を残したリーダー」と考える人もいるはずで、
その場合、岡田監督は文句なく「名将」と呼べます。
なにしろ、国外開催のワールドカップで、
日本代表を初めてベスト16に導いたわけですから。

僕自身も、岡田監督の残した業績に対しては、
心から尊敬していますし、感謝もしています。
ただ僕は、結果を残すことだけが
「名将」の条件ではないと思っているのです。
ですから、現在の状況には違和感を覚えますね。
レッテルを貼って、そこで思考停止をしているのではないかと。

■カメルーンのバー直撃シュートが入っていたら?

ワールドカップの本大会は、一種の博打場です。
貯め込んだ戦闘能力を元手に、各国が大勝負をかけています。
で、博打で多額の払戻金を受け取りたいと思ったら、
用意する掛け金の額を増やすのが、まずは本筋ですよね。
1万円の元手で10万円の払い戻しを狙うより、
9万円の元手で10万円を目指す方がずっと易しいですから。
だからこそ、4年間、あるいはそれ以上の期間を費やし、
各国はせっせとチームを強化しているわけです。

もちろん、いくら元手を増やしても、
大きな払い戻しを受け取れる保証はありません。
何しろ、博打場ではサイコロの目がものを言います。
できる限りの準備を行って元手を大きくしても、
本番での出目が悪くて、負けてしまうこともある。
だからこそ、「悲運の名将」という言葉が存在しうるのでしょう。

今大会の初戦、対カメルーン戦の後半40分。
相手選手の放ったシュートがクロスバーを直撃したシーンがありました。
もし、あれがゴールに吸い込まれていたら、
引き分けていた可能性はかなり高かったと思います。
そしてカメルーンから勝ち点1しか奪えなかった場合、
最終節のデンマーク戦では勝利が必須となり、
試合の展開はずいぶん変わっていたことでしょう。
日本が早々に南アフリカから追い出されていた危険性も、
十分にあり得たはずです。

もし仮に、あのシュートのせいで
日本代表がグループリーグで敗退した場合、
岡田監督は「悲運の名将」と呼ばれていたでしょうか?
恐らく、そうはならなかったと思います。
なぜなら、日本代表の戦闘能力という元手は、
岡田監督の就任以来、目減りしていたように見えていたからです。

■岡田監督就任以来、日本の戦闘力は低下していた

2007年秋、イビチャ・オシム前監督が倒れる直前の日本代表は、
明るい雰囲気に包まれていたと記憶しています。
もちろん、僕はジェフ時代からのオシムファンなので、
ひいき目が入っているのは否定しません。
ただ、10月の対エジプト戦などは、
スピードとアイディア、展開力で相手を圧倒した、
可能性に満ちた試合だったと思います。
ジェフで展開されていたサッカーが、
代表にも順調に移植されつつあった様子を見て、
僕は興奮を覚えたものです。

ところが、監督がオシム氏から岡田氏に代わり、
チームの質は下がっていきました。
少なくとも、僕にはそのように見えましたね。
無論、いい試合もいくつかはありました。
しかし、全試合を俯瞰で見ると、内容は右肩下がりだったと思います。

評論家やブロガーの中には、岡田監督の「コンセプト」を取り上げ、
その正否を議論していた人もいました。
でも僕は、「コンセプト」が正しいかどうかなんて、
あまり意味があるとは思えないんですよ。
大事なのは、そのコンセプトをチームに浸透させられるのか。
そして、コンセプトが浸透したとき、
チームが勝てるようになるのかということ。
ホワイトボードに何を書くのも監督の自由ですが、
それがピッチ上で表現できなければ、意味はないのです。

その点、岡田監督のチームには、なかなか期待が持てませんでした。
前線の選手が、ボールを持った相手ディフェンダーを単独で追いかけて疲弊する。
逆サイドに大きなスペースが口を開けているのに、
各駅停車のショートパスをつなぎ、相手に悠々と対応される。
試合中にそんな姿を何度も見せられ、僕はそのたびに失望したものです。
そして、岡田監督には、「コンセプト」を具体化する
手腕やノウハウがないのではないかと、疑問を抱いたのでした。

■成功した布陣変更も、泥縄式の対策だった

失望がピークに達したのが、今年2月の東アジア選手権、対韓国戦であり、
4月の親善試合、対セルビア戦です。
対戦相手はどちらも、ワールドカップ本戦出場国。
大会を目前に控え、チームの完成度を測るためには絶好の状況でした。
ところが、試合はどちらも惨敗。

ここで岡田監督は、大黒柱だった中村俊輔を先発から外し、
アンカーに阿部勇樹を据えました。
さらに本番直前には、MF本田圭佑のワントップ起用を決意。
この布陣が結果的に大成功でした。
ただ、これをもってして岡田監督を手放しに賞賛するのは無理がある。

阿部のアンカー起用は、よくある「泥縄式守備対策」の1つでしょう。
発想は、フィリップ・トルシエ元監督が「サンドニの虐殺」の直後、
超守備的な5バックを採用したときのそれと似ています。
また、本田のトップ起用に関しても、付け焼き刃としか言いようがありません。
本田はFWの経験が非常に浅く、特に、高いレベルの実戦経験は皆無でした。
上手くいったからよかったようなものの、
企画倒れに終わった危険性もあったと思います。

サッカーに限ったことではなく、
世の中には、「実戦で試さなければ分からないこと」や、
「実戦で試して、初めて見つかる改良点」がたくさんあります。
いわゆるコンバット・プルーヴンってヤツですね。
もし、岡田監督が本番を見越し、そこから逆算して戦略を立てていたというなら、
韓国戦やセルビア戦で、これらの対策を試していたと思うのです。
実戦で試してその戦略が本当に通用するかどうか、
そして、どのようなオプションが存在するのか探ったはずです。
しかし、アンカー阿部を試したのは、ワールドカップ初戦のわずか2週間前。
本田のワントップにいたっては、直前の練習試合で初めて試したわけで、
これは、この布陣が泥縄的に編み出されたことを意味します。
ホント、本番でいい目が出てよかったですよ。

岡田監督が情報戦を行っていたという説もあるようですが、
こちらも可能性は低いと思います。
本番直前の試合で情報戦を展開して惨敗するのは、
手の内を隠せるというメリットより、
選手の自信を失わせるというデメリットの方がはるかに大きい。
第一、岡田監督は韓国戦の直後に「進退伺い」を出しています
(ご本人は冗談だったと仰ってましたが)。
地位を失う危険があるのに、情報戦をやろうとする指揮官がいますかね?

さらに、有効なオプションを試す余裕がなかったため、
先発選手を固定せざるを得なかった点もマイナスでしょう。
決勝トーナメントの対パラグアイ戦は、勝つチャンスが十分あったと思うのですが、
先発選手は体力が切れて走れなくなり、
交代選手も結果を出すことができませんでした。
このあたりは、急造チームの限界だったのだと思います。

結局、岡田監督は、チームの力を一歩一歩積み上げることには失敗した。
直前になって慌てて練った緊急対策が幸運にも成功しただけで、
少なくとも戦略面ではミスも少なくなかったというのが、僕の見立てです。

■体調とやる気の管理能力は素晴らしかった!

ただ、今回の日本代表は、本当に素晴らしい試合を見せてくれました。
彼らが僕たちの「代表」であったことを、僕は心から誇りに思っています。
そのチームをまとめたのは、何といっても岡田監督でした。

南ア大会での躍進の原動力は、運動量と、戦う気持ちだったと思います。
4試合を通して、先発メンバーは固定。
川島永嗣、中澤佑二、田中マルクス闘莉王、駒野友一、長友佑都、
そして本田の6人については、390分の全てに出場しましたが、
どの試合でも、日本代表は走り負けていませんでした。
さすがに最終戦は足が止まる選手が目立ちましたが、
厳しいアウェーの環境で、選手の体調をこれだけ整えられたのは、
監督やスタッフの勝利だったと言えるでしょう。

また、岡田監督のモチベーションマネジャーとしての力量も、
とても素晴らしかったと思います。
今回のチームは、長谷部誠を中心に結束が強かったと聞きます。
もちろん、各選手が寄与した部分も大きいとは思いますが、
岡田監督にも、そうした雰囲気を産みだした功績があるはずです。
カメルーンの姿などを見ていると、さまざまな重圧がかかるなかで
代表チームをまとめる仕事は、一筋縄ではいかないのだろうと痛感します。

そしてもちろん、短期間でチームをまとめ上げた指導力も賞賛に値します。
戦略的には博打的な要素が多かったのですが、
ともかく、岡田監督は博打に勝ちました。
ワールドカップは結果を残すことが、何よりも求められる大会。
そこできちんと結果を出したのは、偉大な業績です。

■手腕と限界を公平に分析した論評に期待

長期的なチームの育成には失敗したが、
短期的な建て直しには成功。
選手の体調を上手に管理し、やる気を上手く引き出して、
南アで大きな成功を得た。
ただ、急造チームゆえの限界を克服できず、
ベスト8以上を勝ち取ることはできなかった。
それが、岡田監督に対する公平な評価だと、僕は思います。

僕自身、今回の代表の闘いぶりには感動しました。
ただ、甘い蜜にまぶされているからといって、
その奥にある毒をなおざりにしてはいけないとも思っています。
いい加減、「名将・岡田」式の一面的な見方は止めにしませんかね?
その逆に、失敗したときの「○○、氏ね」的な言説にもうんざりします。

日本の挑戦が終わった今、さまざまな論者が冷静さを取り戻して、
このテーマについて書かれるのだろうと思います。
岡田監督の悪かった点、よかった点を是々非々で判断する、
そうした論評が今後たくさん現れることが、
明日の日本のサッカーを、今日より前進させる力になる。
オシム好きとしては、そんな風に思うわけです。

——————–

ここしばらく、ワールドカップのことばかりを取り上げてきました。
しかし、その「特別編」も、今日でいったん区切り、
明日からは通常運転に戻ろうと思っています。

サッカー関連のキーワードでこちらのブログを読んでいただいた皆さん。
駄文にお付き合いいただき、どうもありがとうございました。

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