ホーム > タグ > サッカー

サッカー

浦和の試合あたり観客数はJ初年度の4倍に。一方、東京Vは6分の1に激減

【Jリーグ】開幕からの通算入場者数が1億人を突破

 Jリーグは8日、1993年に始まったリーグ戦の通算入場者数が同日で1億人を突破したと発表した。ヤマザキナビスコ・カップや年間王者を決めるチャンピオンシップなどを除き、1部(J1)と2部(J2)の合計8055試合で、1億9816人になった。

(2010年8月8日 msn産経ニュース)

 Jリーグが発足してから、今年で18年目。ついに、通算入場者数が1億人を突破した。
 1試合あたりの入場者数が最も多かったのは、発足2年目の1994年。2万人近い入場者が、毎試合スタジアムを埋めていた。いわゆる「Jリーグバブル」が起こり、入場券がプラチナチケット化していた時期だ。ところが、そこから転げ落ちるのはあっという間だった。1997年の1試合あたり入場者数は1万人割れ寸前まで落ち込み、しばらく低空飛行が続いた。
 潮目が変わったのは2001年。日韓ワールドカップの前年だ。1試合あたり入場者数は、50%近くも伸びた。そして、その後も着実に動員数はアップ。2007年以降は1万9000人台を維持し、ピーク時に迫る勢いを示している。

 しかし、全てのクラブが入場者数を伸ばしているわけではない。上手くいっているところもあれば、そうでないところもある。そこで今回は、Jリーグ公式サイトの「年度別入場者数推移(J1)」「年度別入場者数推移(J2)」をもとに、2つのクラブの1試合あたり入場者数を比較してみよう。浦和レッドダイヤモンズ(レッズ)と、東京ヴェルディ1969(ヴェルディ)だ。

  J1平均 浦和レッズ 東京ヴェルディ
1993年 1万7976人 1万1459人 2万5235人
J1・10位 J1・1位
1994年 1万9598人 1万8475人 2万4926人
J1・12位 J1・1位
1995年 1万6922人 1万9560人 2万0834人
J1・4位 J1・1位
1996年 1万3353人 2万4329人 1万7653人
J1・6位 J1・7位
1997年 1万0131人 2万0504人 1万0933人
J1・10位 J1・15位
1998年 1万1982人 2万2706人 1万3338人
J1・6位 J1・12位
1999年 1万1658人 2万1276人 9379人
J1・15位(降格) J1・7位
2000年 1万1065人  1万6923人 7609人
J2・2位(昇格) J1・10位
2001年 1万6548人 2万6720人 1万9396人(東京移転)
J1・10位 J1・14位
2002年 1万6368人 2万6296人 1万5128人
J1・11位 J1・10位
2003年 1万7351人 2万8855人 1万7563人
J1・6位 J1・8位
2004年 1万8965人 3万6660人 1万5059人
J1・2位 J1・9位
2005年 1万8765人 3万9357人 1万4716人
J1・2位 J1・17位(降格)
2006年 1万8292人 4万5573人  5705人
J1・1位 J2・7位
2007年 1万9081人 4万6667人  7327人
J1・2位 J2・2位(昇格)
2008年 1万9278人 4万7609人 1万4837人
J1・7位 J1・17位(降格)
2009年 1万9126人 4万4210人  5521人
J1・6位 J2・7位
2010年  1万9165 人 4万3971人  4451人
 -

※赤い地色の部分は、J2での成績・1人あたり入場者数。入場者数の下に掲載したのは、各年度の年間順位

 両クラブとも、1993年のJ発足当初からリーグに参加。いわゆる「オリジナル10」の一員だ。ところが、当時の立場は、今とはかなり違っていた。
 ヴェルディは1993年、初代のJリーグ年間チャンピオンに輝いた。翌1994年にも連覇を達成。そして、この間の1試合あたり入場者数でも1位の座を占めている。人気でも実力でも、抜きん出た存在と言えた。一方のレッズは、1993年、1994年ともに最下位。1試合あたり入場者数でも、1993年は最下位、1994年も下から4番手と下位に甘んじていた。あの頃のレッズは、「リーグのお荷物」と揶揄されるクラブだったのだ。
 しかし、状況はほどなく逆転する。Jリーグ人気が急降下した1995年からの3年間で、ヴェルディの1試合あたり入場者数は半分以下に激減。一方、レッズは1996年、入場者数トップに躍り出た。以後、1999年までその地位を守っている。
 レッズにとって最大の危機は、1999年のJ2降格だっただろう。しかし、1試合あたり入場者数は、J1時代に比べて2割ほどしか減らなかった。それどころか、J2の方が試合数が多かったため、1シーズンの総入場者数では前年を上回ったほどだ。そして、1年でJ1復帰を果たした後は、2004、2005年を除き、入場者数1位はレッズの指定席になっている。
 これに対し、ヴェルディは2005年と2008年にJ2降格を経験。降格後の1試合あたり入場者数は、対前年比61.2%減(2006年)、62.8%減(2009年)と大きく落ち込んだ。つまり、レッズサポーターは降格後も熱い声援を送っていたのに対し、ヴェルディファンの多くは、成績が下降するとともにクラブから離れてしまったわけだ。

 そして、2010年。レッズの1試合あたり入場者数は、1993年に比べて約4倍の水準だ。一方、ヴェルディは1993年の6分の1近くまで落ち込んでいる。
 ここまで大きな差が、どうして生まれてしまったのか?

 通算入場者数が1億人を超えた今日、そんなことを考えてみるのも乙なものかもしれない。

—-
※2つのブログランキングに参加中です。下のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。

人気ブログランキングへ にほんブログ村 ニュースブログへ

—-


ジェフ千葉、しばしのさよなら

巻選手移籍会見全文「笑われるかもしれないけど、僕の中ではマンUやバルサと同じ価値がジェフにはある」

「今回、わたくし、巻誠一郎はジェフユナイテッド千葉からアムカル・ペルミの方へ移籍することが決まりました。(中略)最後は笑顔で皆さんにあいさつできればという気持ちでいっぱいです。このクラブには色々と本当にお世話になったと思っているので感謝の気持ちでいっぱいです」

(2010年7月27日 エル・ゴラッソweb版 BLOGOLA)

巻誠一郎選手の移籍が決まりました。

巻は、ジェフユナイテッド千葉にとって特別な選手です。
ジェフにおける公式戦出場回数(269試合)は、
坂本將貴(351試合)、中西永輔(332試合)、
茶野隆行(281試合)に次いで4位。
通算得点数(68点)は、崔龍洙(64点)や
ネナド・マスロバル(53点)を抑えて
堂々の1位となっています。
そして、スタッツ以上に重要なのが、
巻がジェフの「生え抜き」だったことでした。

ジェフは、主力選手の流出を何度も経験しています。
2003年オフの中西、2004年の茶野、村井慎二、
2006年の阿部勇樹、坂本將貴。
そして2007年オフには、佐藤勇人、羽生直剛、山岸智、
水本裕貴、水野晃樹がチームを去りました。
もちろん、よりよい待遇や新しい環境を求め、
移籍を志願した選手もいたでしょう。
しかし、ジェフというクラブへの不満が移籍の引き金になったり、
クラブが功労選手を追い出すケースも少なくなかったと聞きます。
選手を大事にしないクラブ。
そして、選手にも愛想をつかされるクラブ。
悲しいことですが、それがジェフのイメージなのでしょう。

そんななか、巻だけはジェフを見捨てませんでした。
駒大を卒業してから、ずっとジェフ一筋。
他クラブから好条件のオファーを受けたこともあったようですが、
決して首を縦に振りませんでした。
2008年12月28日付け日刊スポーツ記事
千葉巻年俸増断る『環境づくりにお金を』
などから伝わるように、彼は誰よりも
クラブと同僚を大切にしていた選手だったと思います。

思い出に残るプレイもたくさんあります。
2005年のナビスコカップで初タイトルを獲得したときは、
巻が勝利を決める最後のPKを蹴りました。
キックが上手くない巻が5人目のキッカーに出てきたとき、
不安になったスタンドが少しだけざわめいたのが懐かしい(笑)。
奇跡のJ1残留を決めた2008年最終戦では、
0-2で負けていたチームを、巻だけが大声で鼓舞していましたね。
そして、2009年に降格が決まった試合では、
サポーターに何度も謝り、大粒の涙を流し続けました。
彼のプレイを批判する人はいましたが、
人柄や熱意を疑う人は、ごくごく少数派だったはずです。

数多くの実績、クラブに捧げた情熱、
そしてたくさんの記憶に残るプレイと言動。
巻は、疑いなく特別な選手です。
そして、特別な扱いを受けてしかるべき選手だと、
僕は確信しています。

上で紹介した記事によれば、
そんな巻の移籍に際して、クラブの社長はこのようにコメントました。

「どの選手がこのクラブを1番愛しているとかそういう話ではなくて
みんな、このクラブのために一生懸命やろうという風に思って
頑張ってきてくれたし、巻くんも一生懸命、
駒澤大学を出てからこの間、頑張ってきてくれました。
誰がどうのではないと思いますし……(以下略)」

つまり、社長は巻を、ただの一選手だと言っています。
他の選手と大差ない、移籍させても問題ない選手だと言っています。

それはないんじゃないのかな。

ジェフの社長職など、代わりの人材はいくらでも見つかるんですよ。
でも、巻誠一郎に、代わりはいない。
そんな当たり前の事実が、
この社長には全く理解できていないんですね。
最初は頭に血が上り、
その後は、ただ悲しくなりました。

もちろん、ピークを過ぎたベテラン選手の処遇が、
クラブにとって悩ましい問題だということは理解できます
(僕は、巻はまだまだ活躍できる選手だと思っていますが)。
ベテランを放出した方が、長い目で見れば
クラブの戦力アップにつながるケースもあるでしょう。
ただ、それにしても、言い方、やり方というものがある。
「今までご苦労さん。じゃあね」で終わりじゃ、
あまりにも冷たすぎるでしょう。

社長は、こう言うべきだった。
「巻選手は、長い間ジェフの顔であったし、
厳しい時代のジェフを支えてくれた功労者です。
その選手が海外移籍するのは、クラブとしてもつらい。
しかし、巻選手が海外で活躍して名声を高めてくれれば、
クラブにとっても嬉しいことです。
そして、いずれはジェフに戻り、ジェフの一員として
引退してくれることを望んでいます」
で、最後は「1日契約」を結んで、
巻にジェフのユニフォームを着たまま引退してもらえばよかったんです。

クラブへの愛着は「よい記憶」の量に比例すると、僕は思っています。
だから、過去の記憶をバサバサと切り捨てたり、
よい記憶を忌まわしい記憶で上書きするようなクラブは、
いずれサポーター・ファンから見放されるはず。
ジェフは今、そうした道をまっしぐらに進んでいるように見えます。
少なくとも僕は、ジェフを応援する気持ちが薄れている状態です。

ひとまず、プロフィール(書き手について)欄から、
ジェフの名前を消すことにしました。
しばらく、試合を観ることはないでしょう。
そして、ロシアリーグの巻を精一杯応援するつもりです。

心が癒える日まで、さよなら、ジェフ。
いずれ時が来たら、戻れたらいいなと思っています。

—-
※2つのブログランキングに参加中です。下のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。

人気ブログランキングへ にほんブログ村 ニュースブログへ

—-


共同募金の金額は13年間で21.5%減少~新手法「自販機募金」に期待

淡路島まつり:支援自販機、洲本に設置 購入で20%寄付/兵庫

 島の夏を彩る、洲本市の「淡路島まつり」をサポートしようと、清涼飲料水製造販売会社「コカ・コーラウエスト」(福岡市)が26日、洲本市役所北庁舎玄関に淡路島まつり支援自販機を設置した。同社の地域貢献活動の取り組み。8月中ごろまでに市内に4台を設置する予定で、販売物の20%がまつりの運営資金に充てられる。

(2010年7月27日 毎日新聞)

 募金で集まる金額が、右肩下がりになっているそうだ。
 社会福祉法人中央共同募金会の資料「昭和22年度~平成20年度募金実績額の推移(総額)」によれば、1995年における一般募金・歳末たすけあい募金の総額は265億8000万円だった。ところが、2008年の募金額は208億7000万円。13年間で、実に21.5%も減った。5月21日付け記事「世帯所得17.6%減って本当?~報道される数字のマジック」でも触れたが、1995年から2008年までの期間に、日本人の1人あたり所得は8.2%減少。募金の減少幅は、これを大幅に上回っている。つまり、不況の他にも「募金離れ」の原因があるということだ。
 Wikipediaの「共同募金」のページでは、募金額が減った原因として、「半ば強制的な集金の手法に対する反感」と、「集金した金の配分額や決定プロセスが不透明なこと」が挙げられている。どちらも、十分に説得力のある理由だ。そして僕は、ここに「助けたい相手の顔が見えにくいこと」を付け加えたい。

 中央共同募金会が集めた募金は、高齢者や障害者、災害被害者など、幅広い人々を助けるために使われる。このこと自体は素晴らしいことだ。しかし、募金する側から見れば、自らの募金がどの人の役に立てたのか分かりづらい。どうせお金を出すのなら、支えたい人、関心のある分野のために使ってもらいたいと思うのが人情だろう。
 その点、上で紹介した毎日新聞のニュースには興味を引かれた。自動販売機で飲み物を買って募金するという方法は、共同募金の弱点を上手にカバーする方法だと思う。自発的に募金ができ、募金額を決定する仕組みの透明性が高く、助けたい相手の姿もはっきりと見える。さらに、飲み物を買うというスタイルは、募金という行為に気恥ずかしさを感じる人にもピッタリだ。

 もう10年以上も前、横浜フリューゲルスが消滅してしまった直後のこと。僕は当時のブログに、「清涼飲料メーカーが『フリューゲルスジュース』を売り出し、サポーターがそれを買えばいいのに」と書いた。ジュースを1本150円で売り、そのうちの50円をフリューゲルスに寄付すれば、2000万本で10億円。横浜市の人口は360万人以上いるから、1人5~6本飲めばフリューゲルスを救えた計算になる(ま、マリノスファンは飲まないかもしれないけど)。
 当時は単なる思いつきに過ぎなかったことが、こうして実現しているのは素晴らしいことだ。

 自販機募金のように、ゆるい気持ちで取り組める募金手段が登場してきたことは、社会にとってとてもいいことだと思う。僕の家の近所に「支援自販機」ができたら、ぜひひいきにさせてもらおう。

—-
※2つのブログランキングに参加中です。下のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。

人気ブログランキングへ にほんブログ村 ニュースブログへ

—-


ホーム > タグ > サッカー

「フリー」のライター・編集者は必要ありませんか?
注意書き
 このサイトはリンクフリーです。個別記事への直リンクも問題ありません。引用については、ルールの範囲内でどうぞ。
 記事に誤りなどがあれば、コメント欄、または書き手についてページ内のメールフォームを使ってお教えいただけると、大変ありがたいです。
書き手について、他
検索
過去に書いたこと
ブックマークとRSS

全ての記事(RSS2.0)
全ての記事(Atom)
全てのコメント(RSS2.0)


過去につぶやいたこと
つぶやいたこと
あわせて読みたい

ページの上部に戻る